モンキー桜と夜桜

2022/5/6 Fri

サクラのシーズン終了.

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※もはや先週の出来事...

午前中出勤(健康診断).
午後から有給を取得する.

無性にオートバイに乗りたくなる天候である.
モンキーのセルを回す.
軽快に一発で始動.
スクランブルマフラーは,相変わらず心地よい音を奏でる.

かなりの陽気なれど,そこはオートバイ.
半袖,薄着で乗るわけにもいかず,安全に配慮して,いつものライディングウェアに着替える.

靴は20年モノのコミネシューズ.
先日の登山でも使ったらキズがさらに増えた.
ところどころ金具が錆びて脱落・欠損しているが,まだまだ現役.
使い勝手が非常に良い.
買い替えたくても,既に廃番.

トップケースには念のためレインウェアを入れておく.
いざとなれば防寒着.

構図に変化を持たせるため,いつもの自撮り棒も入れておく.
スマホとのリモコン接続も良好.

自撮り棒とリモコン~エレコム P-SRBBKを導入

さてどこへ行く?
たぶん,そろそろサクラを見る最後のチャンス.

とりあえず空港方面へ.
まだ雪が残る山の稜線が美しい.

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お気に入りのダートを超えて,名所「就実の丘」へ.

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観光客多数.
少し離れたところにモンキーを停め,撮影.

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丘を下り,美瑛へ.
マチナカは通らず,サクラで有名な「聖台ダム公園」へハンドルを向ける.

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ここもかなりの人出.
チャリなら押し歩いて,公園内に侵入,桜並木とともに撮影していたのは間違いない.

もう少し人気のない場所を探して,山方面へと走る.
きれいなサクラが全く見当たらない.
とうとう舗装路が切れ,ここから先は林道.
昨年の夏,ファットバイクで下りてきた道.

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モンキーでも走れない道ではないが,時間的な余裕もないので道を引き返す.

美瑛市街に向かう裏道を走る.
始めての道ではないが,天気に恵まれ実に気持ち良い.
目当てのキレイなサクラもばっちり.

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さらに山の方へ.
標高が高くなると,良いサクラの残っていると期待して...

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神社のそばに良い枝っぷりのサクラ.
陽の入りもいい感じ.

時間的にここまでかな.
自宅方向に,ハンドルを向ける.

西聖和の交差点.
知人がSNSにアップしていた「音威子府珈琲」に寄ってみる.

かつては農家(農協?)が有機系レストランを開いていたが,いつの間にか閉店.
ライド帰りのソフトクリームが愉しみだったけれど.

若いご主人に歓迎される.

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基本的にコーヒー4種類の中から選択.
おすすめの看板メニュー,音威子府珈琲をオーダー.
別に音威子府でコーヒーが採れるわけではありません.

音威子府珈琲(本店)

二列目に「ラオス・ルアンプラバーン」コーヒーとあったので,懐かしさのあまり「昔,ルアンプラバーンを旅したことあるけど,あそこでコーヒー採れるんですか?」と質問(採れるそうな).
この質問をきっかけに(いつもの悪いクセだが),Kazchariがこれまでの海外旅行で見聞した,各国のコーヒー事情についてうんちくをタレてしまった.
例えば,ジャマイカのブルーマウンテンに登った話とか,激甘のヴェトナムコーヒーの話とか.

ご主人,元々関東出身で日本中をあちこち放浪した後,北海道に(今は)定住することになったらしい.
海外にも興味があるらしく,もうじきパスポートができると楽しみにしているとのこと.

お節介にも,海,山,飯など,それぞれのオススメ国を話す.
それを真面目にメモ...ではなく,速攻スマホ検索するご主人(時代やな).

帰宅する.
ヨメさんから「旭山動物園隣の『夜桜祭り』が最終日なので行かないか」というお誘い.
久々に家族4人で外出.
OLYMPUS持って出かけますか.

まずは夕飯.
久々の『丸亀製麺』へ.

厨房では入ったばかりであろうバイト君が,ベテランさんからバシバシ怒られていた.
最近では珍しい光景.
このいい人だらけの“ホワイト社会”ではすっかり見なくなった.
心配なのは,このバイトくん,辞めないかな.

JKの娘は予定通り,写真部に入ったという.
その記念に,というわけではないが,今は使ってないOLYMPUSフォーサーズ機,E-620をプレゼントした.
ボディはともかく,レンズはなんと名玉フォーサーズ「12-60」だ.
この機材やと,他の部員に言い訳できないぞ.

19時オープンちょうどに合わせて来たので,まだ駐車場に空きはあった.
つーことで,数枚撮影.

OLYMPUS OM-D E-M1X / M.ZUIKO DIGITAL ED 12-100mm F4.0 IS PRO
OLYMPUS OM-D E-M1X / M.ZUIKO DIGITAL ED 12-100mm F4.0 IS PRO
OLYMPUS OM-D E-M1X / M.ZUIKO DIGITAL ED 12-100mm F4.0 IS PRO
OLYMPUS OM-D E-M1X / M.ZUIKO DIGITAL ED 12-100mm F4.0 IS PRO

ヨメさん曰く「一昨日の方が良かった」.
まぁ,サクラとはそういうモノ.

さて,その帰り道.
なんと,通りに面したバーに,先ほど『音威子府珈琲』で会ったライダーのレブルが停まっている.
特徴的なカスタムなので間違いない.

昨日会ったビアンキといいレブルといい,この広い北海道で再開するとは.
もしかしてスタンド使い,もといチャリダー,ライダー同士は引かれ合うってヤツですかー!?

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旅の回顧録~1993年のヴェトナム(6)

1993/4/11 Sun

気分はもうヴェトコン.

Konica 現場監督

入国後6日経って,ようやく遠出.
パック旅行やったらもう帰国日やな.

今日はクチの観光.

ファング・ラオ通りのレンタル・バイク屋で,世界に誇る名車,スーパーカブをUS$5で借りる(これが相場).
現地でのこのスーパーバイクへの信頼度はめちゃめちゃ高く,クルマの購入よりも現実的な憧れの品である.

そして,サイゴンの町中は何の用かは知らないがカブで渋滞している(+東欧性バスの排気ガスがひどい).

そんなサイゴンを脱出し,60kmほど北上する.
モクバイボーダーから来たときに通った道である.
田植えと,その収穫を一緒にしている風景が広がる.
何毛作?
南国だねぇ.

何度か道を尋ねつつ目的地へ向かう.
会話は英語+ジェスチャーで.
ヴェトナム語で「~はどこですか?」(旅の必須イディオム)を早く覚えねば!
めちゃめちゃ寂れたというか,だからこその田舎にあるクチに到着.

クチはヴェトナム戦争時の激戦地として有名な土地.
ゲリラたちが掘った地下トンネルが縦横無尽に走っている.

Konica 現場監督

他の観光客と資料館で簡単な説明を受ける.
隣には日本語がペラペラの台湾人のマダム達.
「ワタシ,ニホンゴデキルデキル!」と何故か大喜び.

すっかり打ち解けたマダム達と,木立の中の(屋根は最近ふいたらしい)作戦室や調理場を見学.
アメリカ兵に襲われた特の逃走用横穴にはカマドウマがうじゃうじゃいた.

Konica 現場監督
Konica 現場監督

で,いよいよクチのメインイベント,トンネル潜入である.
観光客用に拡げられたという穴に,ドカドカ入る.

いやぁ面白いわ.

中腰のままバタバタとトンネル内を走り回り,写真を撮りまくる.
西洋人だと,これ狭いやろうな.
もちろんふくよかな台湾人マダムは見学.

Konica 現場監督
Konica 現場監督

このトンネル,本来はもっと大規模やったはずやけど埋められてしもたんやろか?
もしくは開放しているのは一部だけなのか.

休憩後,昔のままの入り口(Kazchariサイズでなんとか入れる)に入る.

Konica 現場監督

竹槍が仕込まれた落とし穴(痛いって),塹壕,放置された戦車を見て,15000ドンにしては充実のクチ見学が終了した.

Konica 現場監督

陽気な台湾マダムや,元ヴェトコン兵と写真を撮り,戦争中の記録ビデオを鑑賞.

マダムからは「タイワンニキタラ,アソビニキテ」と住所を書いたメモをいただいた.
(※この数カ月後,大前田(T)さんは実際に訪れ,大歓迎を受けたとのこと)

Konica 現場監督
Konica 現場監督

帰り道,道を尋ねたおじさん達の親切なこと!
ヴェトナムに対する印象がかなり良くなった.

サイゴンに戻った後,チョロン地区へ食事に行く.

Konica 現場監督

少々期待はずれ.
メシもそれほど美味くなかった.
川の汚さが印象に残った.

Konica 現場監督

ああ,メシのせいだけじゃない.何かまずいな.
旅が長くなるとかかるという“何にも感動しない症候群”にかかりつつあるんかなぁ.
せっかく観光らしい観光したのにな.

Konica 現場監督

その前日 ⇒ 旅の回顧録~1993年のヴェトナム(5)

『海底47m 古代マヤの死の迷宮』を観た~いろいろトッピング

2022/4/14 Thu

久々に潜りてぇ.

ここ数年,海外旅行に行けていない.
言うまでもなく新コロのせいである.

一応,既に渡航は可能.
ただし3回のワクチン,自主隔離など手続きが色々と面倒(国ごとに異なる).
さすがに減客による経済的損失に耐えかねたのか,アジア各国はこれらの手続きを緩和し,開国へと方針転換しつつあるようだ.

日本はちょうど桜の季節.
外国人にとって一番魅力的なシーズンだったらしい.
観光業界にとっては完全なる機会損失.
誰がそうさせているのか?
「何も起きないことが最良」「事後の責任者不在」という日本人のメンタリティのせいか?

Kazchariは,新コロ前はほぼ毎年海外旅行に出かけていた.
その主な目的はスキューバ・ダイビングである.
目的がはっきりしている以上,現地で自力移動しつつ,あれこれ手配するのは面倒なので,パッケージツアーで参加していた.

2019年のラジャ・アンパットダイビングクルーズ(1)

旅の回顧録~2015年のコ・タオ

おっと,今日のネタは旅行記ではなく映画評だった.
先日Amazon Prime Videoにて『海底47m 古代マヤの死の迷宮(原題:47 Meters Down: Uncaged)』(2019 米英合作)を観た.

海底47m 古代マヤの死の迷宮(字幕版)

この作品は2017年公開の『海底47m』の続編らしいが,ストーリーのつながりは全くない.Kazchariは前作も視聴済み.

海底47m [Blu-ray]

うろ覚えだが「サメ観察のケージダイブ中,トラブルでケーブルが切れ,海底47mに着底.酸素が減る中,そこからの脱出を試みるが...」みたいな話だった.

ダイビングがらみのパニック映画と言えば,『オープン・ウォーター』も有名.

オープン・ウォーター [DVD]

これらは全て一大ジャンル「サメ映画」の亜流.
一般大衆には「海でパニック=サメに襲われる」が完全に刷り込まれている.
おかげで,ダイビングが趣味と言うと,必ず「サメは大丈夫?」と聞かれるハメになる.

つーことで,前置きが長くなったがやっと『海底47m 古代マヤの死の迷宮』の感想である.

以下,ネタバレ.

舞台はメキシコ・ユカタン半島.

まずオープニングが面白い.
主人公はいじめられっ子転校生のミア
プールに突き落とされ,ゆっくりと沈んでいくシーンをプール(水中)側から撮っている.
ミアには姉のサーシャがいるが,なぜか黒人.
両親が連れ子ありで再婚したという設定で,どうやらサーシャは愚鈍なミアにイラついている.(伏線,伏線

父の仕事は海底遺跡の調査.
忙しくてなかなか娘たちにかまってやれない.
今回も週末の約束を守れず,ミアとサーシャに「グラスボートによるサメ見学に行ってきたら」とすすめる.
あまり乗り気でない二人だが渋々行くことにする.
翌日港でボートを待っていると,サーシャの友人,アレクサニコールがクルマで乗りつけ「もっと面白い所に行こうぜぃ!」と二人を誘う.

Wikipediaで確認して驚いたのだが,なんと,サーシャはジェイミー・フォックス,ニコールはシルベスター・スタローンの娘!(大スターの娘にとんでもない仕打ち!).

4人はとあるセノーテの入り口へ.
父親の調査対象現場のようだ.

セノーテとは,ユカタン半島にある浸食によって陥没した穴に地下水が溜まった泉のこと.
深部では別のセノーテとつながっている.

劇中の女の子たちみたいに泉でちゃぷちゃぷも悪くないが,やはりここはタンク背負って洞窟ダイビングでしょう.

https://www.divenavi.com/cancun_cozumel/より

流れがないので透明度抜群.
水底から穴を見上げると光のシャワーが美しい.
淡水と海水でくっきりと層が分かれており,そこで視覚トリックが起きたりする.

Kazchariも2004年に潜った.
まだ水中カメラを持っていなかったので水中の記録はないが,記憶にはしっかり残っている.

さて,本編に戻る.
父親が残していたダイビング用具を勝手に借りて,4人で海底遺跡探検に向かおうという流れになる.
マイク付きのマスクが人数分用意されているが,なぜかフィンは置いてない.
砂の巻き上げ防止? 水中で進まんぞ.

その後潜航し,水中シーンになるが,セノーテダイブの美しさを見せることはない.
本来存在しない彫像や,サメの模型(CG?)を登場させる都合上,撮影はプールセットなのだろうか.

まぁ,その後はお約束.
ちょっとしたミスから遺跡を破壊してしまい,帰る道が塞がるわ,どこからともなく現れた盲目のホホジロザメに襲われパニックになり,エア残量に悩まされる”いつもの”展開となる.

もちろん最終的に登場人物のほとんどが死んでしまうのだが,セリフや構図(配置)から実にわかりやすく死亡フラグが立つ.
サスペンス映画は主人公たちが「助かった!」とホッとした瞬間が危ない,という正に王道展開.
そういう意味で安心・安定感のある脚本だ.
とは言え...エア保ちすぎでは?

修羅場をくぐり抜け,”覚悟”したヒロイン,最期はサメに(なぜか)甘咬みされている姉を助ける.
武器は発煙弾? あれが水中で当たって効果あるのか?
おまけに自分も甘咬みされるが,無事脱出のハッピーエンド.

いじめっ子の前で食い殺されるバットエンドになるかと,一瞬思った.

つーか,あの盲目のサメはどこから現れたんや? しかも複数.
なぜお父さん達はこれまで襲われなかった?

などなどツッコミどころもあるが,まぁまぁ面白い映画でした.
残念ながらセノーテダイビングの絶景風景は皆無なので,宣伝にはならん.
ラストバトルは海の色からして,カリブ海っぽかったけどな.

最期にメキシコの治安について.
ユアン・マクレガーの南北アメリカ大陸縦断ツーリング『LONG WAY UP』では,やたらメキシコの治安の悪さが強調されてたなぁ.

『LONG WAY UP』の感想(その6)「メキシコ&USA編」

メキシコシティやグアテマラとの国境地帯(チアパス州)とか,どんだけ無法地帯扱い.昔はやたら暑いだけで危ない雰囲気はなかったけどな.

今も昔もユカタン半島,つまりマヤ文化圏は別格.
平和な世界やった(2004年の情報).
カンクンは都会過ぎてスルーしたけど,コスメルイスラ・ムヘーレス,そしてセノーテがあるプラヤ・デル・カルメン...何もかもみな懐かしい.

Nikon Coolpix950 / 2004年4月13日撮影 一応リュックは前抱え(中南米旅の基本)

あれ? 結局旅の話になってしまったよ.

モンキー125で下川町のカフェへ

2022/4/10 Sun

Love & Peace.

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今日はモンキー125でツーリング.
さぁ,どこへ行こう...おっとその前にドラレコの位置を変更.

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これまではリアキャリアの裏側に逆さ付けしていたのだが,粘着力が弱いのかポロポロ落ちる.
幸いコードの固定をしっかりしているので落下⇒紛失はない.
ただブラブラしていては,いざという時の画像が取得できない.それでは意味がない.
ゆえにフェンダーの上に移設.
さすがツルピカ面.強力にくっついている.

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最初は海を見に行こうと思った.
でも,他に行ってみたい場所を思いついた.
先日放送された,Kazchariもエキストラ出演した『チャリダー』

NHK-BS『チャリダー』に出演&観た

その前半に,猪野さんがマイラさんと,下川の”とあるカフェ”を尋ねるというパートがあった.
そのカフェに行きたくなった.

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自宅を出発し,国道39号経由で40号へ.
そこからはひたすら北上.
法定速度で走っているとバンバン追い抜かれる.
まぁ,モンキーなのでこのトコトコ走行が良い.いざ,本気(トランザム!)を出せば...ヤメトコ.
結局,和寒のセイコマで小休止.

なぜか4Gの電波が悪く電子決済ができなかった.
やはり現金もまだ必要やな.

ここでナビ(iPhone7)をセット.
以前も書いたが,振動による故障を防ぐためツーリング時はスマホ2台持ち.
それをダンパーを介したマウントで固定.
ちなみにこの「iPhone7」も,ゲオで買った中古SIMフリー品である.

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この組み合わせが実に便利.

さて,そのナビ(Google MAP)は,まさしく,チャリダー収録時のロケ地である風連小中学校に向かうルートを示してくる.
そのまま向かっても面白くないので,面白そうな道に寄り道.

iPhone11 Pro
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iPhone11 Pro

やっぱりこのマフラーいいなぁ.

モンキー125のマフラー,これにしました

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で,懐かしのロケ地,風連小中学校着.
2ヶ月経って,雪もすっかりなくなった.

いただき画像 2/11撮影

日新地区を過ぎていよいよ下川町へ.
結構な距離走ったなぁ.ロードバイクやったらヘロヘロ.
「万里の長城はこちら」という,面白い看板を発見.
またしても寄り道.

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iPhone11 Pro
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iPhone11 Pro レトロフューチャーな塔

うーん,なんとも言えない.
人口3,800人の町に,莫大な予算をかけて作るべきものだったのだろうか?

近くには「五味温泉」もある.
もう少し暖かくなったらタオル持参で来てみよう.

いよいよお目当てのカフェに向かう.

iPhone11 Pro
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噂には聞いて(見て)おりましたが,なかなかの佇まい.
大雪が降ると心配になる.

そう,ここはカフェ モレーナ

クルマが数台止まっていたが,それほど混んではいないようだ.
うわさの巨大犬と茶色いネコがお出迎え.

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中は意外に広い.
ぼっちなので,厨房すぐ前のテーブルに案内される.
拡大鏡やらなんやらが置きっぱなしなのが,風情をかもしだしている.
そう,懐かしいのだ.元バックパッカーには.

メニューは壁にピンどめされているとのこと.
ここはやはりカレーでしょ!っつーか,基本的にカレー2種類のみが食事メニュー.後はドリンクとケーキ.
「オニオンとひき肉のカレー」にした.いや,「カリィ」なのか?

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はい.出てきました.
一口食べて...美味い!と思わずつぶやく味.
これはオススメ.
やはり,これは「カリィ」.
最近できたというお店のホームページには,材料へのこだわりが書かれている.

『チャリダー』出演の話と,Kazchariも元パッカーであることを明かすと,マスターと話が盛り上がる盛り上がる.
年齢にして24,5歳差があるのだが,やはり似たような経験をしているものだ.

南米の魅力,アフリカのキツさ.
カオサンの「ジュライ」と「楽宮」,カルカッタの「パラゴン」「サルベーションアーミー」,ナイロビの「NEW KENYA LODGE」...何もかもみな懐かしく,そして楽しかった.

若者最大の武器は,文字通りの若さと怖いもの知らずの無謀さ.

若者は助けてもらい,許してもらえる.
自分がやりたいことに堂々と挑戦できる.
失敗してもやり直しが効くから.

そして,自分の中に(旅の)経験という資産が蓄積されていく.
こいつだけは決して暴落しない.

番組でも気づいていたが,ご主人は12年ほど前に脳卒中になり,左麻痺の後遺症が残ったとのこと.
実際,歩き方は相当ぎこちない.
かつては店内の段差で転ぶことも”あった”という.そう,過去形なのだ.
医師が驚くような回復ぶりを示したという.

特に左手の回復が素晴らしく,番組でも披露されていたがギターが引けるようになった.
リハビリとは「専門家に”してもらう”モノではなく,自分で”する”こと」を見事に具現化されている.

人間は「やりたいこと」「やらなければならないこと」があると...強い.

iPhone11 Pro マスターの著書
iPhone11 Pro 看板ネコのアーレスティ
iPhone11 Pro 見た目どおりの長毛種で,セーターが...かわいいのでヨシ.
iPhone11 Pro
iPhone11 Pro

途中でお客さんもガシガシやってくるのだが,そのほとんどが常連さんっぽい.
(帰宅後,ヨメさん曰く「安否確認ちゃうか?」 ← おいおい)

Kazchariも,名刺をいただいたり,SNSの承認申請したりと,その仲間入り?
ここはもしかすると第二の「ルイーダの酒場」なのか?

ロードバイク練開始.目的地はルイーダの酒場ライド

2時間近く滞在後,帰路につく(最近このパターン多いな).
もちろん,往路とは異なるルートを選択.

iPhone11 Pro
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まだ15時頃なのだが,太陽の姿はなく,山中に入り両脇が雪状態でかなり寒い.
バイクウェアの下はセーターだけだったが,追加でウインドブレーカーを着込む.

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「冬期通行止」の看板が出てきた.
愛別に抜けるルートは通れるようだが,そこには1km越えの長いトンネルがある.
大丈夫とは思うが,凍結(転倒)回避のため,一旦国道に戻るルートを選択.
無事に帰宅するまでがツーリングなのだ.

途中,剣淵町の桜丘湖に寄る.
見事に全面凍結.
後,数週間で湖周辺は桜に覆われる.

iPhone11 Pro
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国道40号に戻ってからはひたすら南下.
気温はますます低下.
仕方がない.
塩狩峠のPAで,秘密兵器である「電熱ベスト」フォームにチェンジ!
ついでにグローブも「革」から「防寒テムレス」

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当麻町に入り,もうすぐ家か...と油断した頃,まさかの降雨
それも結構な激しさ.
この時期に夕立?

タンクバッグ,財布など濡れてはアカンものを,トップケースに放り込む.なんて便利!

♫ だけぇども,問題わぁ...レインウェアがない.
降水確率10%で降るか~!?

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旭川市内に入ると雨がやんだ.
んが,時スデにお寿司.
モンキー125の足回りはドロドロである.
明日は洗車やなぁ...

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つーことで最期に満タン給油.
本日の走行距離は213km.
消費ガソリンは...約3リットル.えっ?

ガソリン料金高騰の折,この驚異の燃費はありがたい.

それにしても,オートバイもチャリも2輪は楽しい.
でも,所有しているだけではダメだ.
旅に出るべし.なるべく遠くへ.

7h33m / 213.0km

ジャークチキンがコンビニで?~ジャマイカの食べ物

2022/3/15 Tue

そーいや,全然食べてないわ.

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某SNSでのつながりに,青年海外協力隊のジャマイカ時代,同時期に活動していた隊員がいる.
彼女は元々が大のジャマ好きで,今でも関連投稿をよくする.

その彼女が先日「セブンイレブンからジャークチキンサンドが出た!」と投稿していた.

以下,引用.
―――――――――――――――――――――――――――

美味 一般ピーポーにも買って貰えるスパイス量だけど、スパイス内容はジャマイカ本場スタイルから遠く離れていない。これが街角でこの値段で買えるって素晴らしい。お試しあれ

―――――――――――――――――――――――――――
「ジャークチキン」とは,ジャマイカの名物料理.
スパイスやら何やらに漬け込んだ鶏肉を炭火焼きする料理である.
食堂をはじめ,屋台や道端でドラム缶を半分にぶったぎったグリルで焼いていることが多い.

Nikon Coolpix950 / 2002年撮影

店や個人ごとに味付けにかなり違いがあるものの,作るにしても食べるにしても失敗しようがない料理と言える.
ネットで検索すると様々なレシピが出てくる.

つーことで,そのセブンイレブン製の「ジャークチキンサンド」を早速買ってきた.

iPhone11 Pro

開封する.
もちろん冷えている.
これは温めた方が絶対美味いヤツ.
トースターで2分ほど焼く.

iPhone11 Pro

一気に見た目アップ.

食べる.
確かに美味い.

本格的かどうかと聞かれると...パンチ,つまり辛さが少々足りない気もする.
まっ,そこは個人の好みで味付け.
デスソースをかけるとか...

ブレアーズ ホットソース サドンデス ジョロキア デスソース 150ml

この「ジャークチキンサンド」はおそらく季節限定品.
見かけたら買うべし.

もちろん,ジャマイカ・ビール「レッドストライプ」も用意すべし.

Jamaica beer ジャマイカ ビール レッドストライプ 330ml/24n

さて,ここでジャマイカ滞在中の2年間の食生活を思い出してみる.
まず「ジャマイカ料理」でネット検索.

現地で絶対食べたいおすすめジャマイカ料理10選

このサイトで紹介されている料理が一番イメージに近いかも.
ジャークチキンに次に「アッキー&ソルフィッシュ」も有名だが,こちらはほとんど食べたことがない.よって味も覚えていない.

↓これが生で食べたらあかん「生アッキー」

Nikon Coolpix950 / 2002年撮影

そして,旅行者ではなく居住者だったので,朝晩はほぼ自炊.
Kazchariが住んでいたのは,人口6000人ほどの地方都市セントアンズベイ.

ここの公立病院に勤務し,敷地内にある寮で寝泊まりしていた.
幸い冷蔵庫があったのでスーパーで肉や卵を買っても保存できた.

まず朝食.
トーストにジャムを塗って食べる.
サイズがやたらに小ぶり.

Nikon Coolpix950 / 2002年撮影

昼は病院の売店.
「パティ」をほぼ毎日.
これとコークなどの炭酸.
よくこれだけで保ったものだ.

Nikon Coolpix950 / 2004年撮影

休みの日などで町に出た時はファーストフードのハンバーガー.
日本にも進出している「バーガーキング」がお気に入り.

Nikon Coolpix950 / 2003年撮影

夜は自炊.
基本メニューはチャーハン.
まず米(長粒米)を鍋で炊く.
ブロックで買った凍ったチキン胸肉を必要な分だけ包丁で削ぐ.
レタス,肉,玉ねぎを適当に切る.
オリーブオイルで上記材料を炒め,中華ソースでからめて食べる.
まぁ...不味くはない.栄養が摂れれば良し.
何度作ったことか...

Nikon Coolpix950 / 2002年撮影

ベーコンが手に入った時は「巻かないロールキャベツ」

Nikon Coolpix950 / 2003年撮影

めったに売っていない「ひき肉」が手に入った時は「ハンバーグ」

Nikon Coolpix950 / 2003年撮影

日本から救援物資が届いた時は「カレー」作ったなぁ(ルーなんて便利なモノは売っていなかった).

Nikon Coolpix950 / 2002年撮影

どうしても,作る気がでない時はインスタントラーメン(香港製).

Nikon Coolpix950 / 2003年撮影

たまーに(半年に一度くらい)首都のキングストンに戻った時は,隊員宿舎で飲めや歌えの大宴会.
料理好きな隊員が色々作ってくれるので助かる.
何より日本語で会話できるのがうれしかったりする.

Nikon Coolpix950 / 2003年撮影

他にも,ローカル価格のため,格安で利用できるオールインクルーシブホテル.
もちろん食べ放題なので,ここぞとばかり肉,肉,肉.
とは言え,悲しい事に,普段のストイックな食生活のおかげで,そのいざという時あまり入らない...シクシクシク36.

とまぁ,思い返しても現地の名物ってあまり食べていない.
これは長期滞在のジャマイカに限らず,他の旅先でも同じかも.
例えばタイだと屋台のぶっかけメシばかり食ってる.

Kazchariはグルメに興味がない,もしくは味音痴?

違うな.

各種エスニック料理は日本で食うのが一番美味い.正にアレンジの妙.

話は変わるが,ジャマイカの国旗は超カッコよい.

構成もカラーも.
個人的に世界で一番イケテルと思う.

つーことで,セブンイレブンの「ジャークチキンサンド」おすすめです.

旅の回顧録~1993年のヴェトナム(5)

1993/4/10 Sat

南行きメンバー募集.

相変わらず書類がそろわない.
日々不安の中で過ごす.
何のために旅をする?
苦行の一種なのか?

「気にしない」と思えば思うほど気になってしまう.
なんとかなると思っていても,なんとかならない時があるのが個人旅行.
まるでロールプレイングゲーム.
決められた手続きをクリアしていけば,いつかはゴールにたどり着くのだろうか?

というわけで,サイゴンでの事務手続き地獄はまだ続く.

朝から大前田(T)さんと市内の公安オフィスを訪問.

その結果,大前田(T)さんは現状のままだと,やはり来週の月曜日には出国しなければならないらしい(警官によって意見が違うようだ).
とてもじゃないが,この後,陸路でハノイまで北上し,中国(昆明)に抜けるようなルート設定は日程的に不可能.
同様のルートでラオスに抜けたいKazchariも,今の滞在許可期間では全然足りない.

まぁ,こうした途上国,特に国がようやく安定し,これから観光業に力を入れようとする国に,手続き上の不備というか,いい加減さはありがちではある.

特にヴェトナムにおける個人旅行が解禁されたのは最近.
団体旅行ならまだマシ.
個人の個別事情にいちいち対処するのは,国としても面倒くさいのだろう.
(※これは日本大使館も同様と,この半年後に痛感する)

実際,今日会った空港inの旅行者は,なぜか一週間の滞在しか許可されなかったそうな.
この適当なシステムの被害者が日々増え続けているような気がする.

さて,公安からの帰り道に郵便局で日本の友人に絵葉書を出した.

そして少し大きめの百貨店へ.
◯◯市場と違って品揃えは...良いのか? 高いのは確か.
そこで,念願のコーヒーフィルター,新しいコイル電熱器(壊れたので2代目),コーヒー豆(ひいたもの)を購入.

さらにベンタン市場に寄って鉄製のマグカップも購入.
ふっふっふ,ついにヴェトナムコーヒーを楽しむための一式をそろえたぞ!

VAN CANHホテルに戻ると,以前会った新婚さんに偶然再会.
「最近,見ないなぁ」と思っていたが,何かの事情で一度バンコクに戻り,再びサイゴンに帰ってきたらしい.
金持ちは違うのぉ.

SINカフェに行き,これまでの手続き狂騒曲を説明.

今後予定している南部デルタ地帯のミトやカントー方面への遠征メンバーに誘うと,快諾.

夜は大前田(T)さんを交えてまたも中華街へ.
今日も食った食ったの一人17000ドン(安っ).

そして,ホテルに帰って作ったヴェトナムコーヒーは...あまりに苦かった.

(続く)

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その前日 ⇒ 旅の回顧録~1993年のヴェトナム(4)

その翌日 ⇒ 旅の回顧録~1993年のヴェトナム(6)

旅の回顧録~1993年のヴェトナム(4)

1993/4/9 Fri

希望から絶望へ

Konica 現場監督

事務手続きばかりで,一向に前進しないヴェトナム旅.

Kazchariと大前田(T)さんは,これからハノイまでできるだけ陸路を使って北上したい.
そのためには現状のヴィザ期限では短すぎるのだ.
その延長ができるかどうかわからない手続きのために,今日という日も消費されてしまうのか?

正に本末転倒.

しかし,これもまた,無期限パッカーにのみ許された贅沢とも言えよう.

とりあえず,入国許可スタンプ(?)とか関税申告書のことは一旦保留し,ヴィザの延長だけにターゲットを絞ることにした.

朝から大前田(T)さんとまた旅行代理店へ.
本日向かうのは,バンコクにて大前田(T)さんの「モク・バイ(陸路入国)」ヴィザを手配した店のサイゴン支店である.

シクロを使うと料金交渉にかなりHPを削られることがわかっているので,代理店まで歩くことにした.
甘かった.
大前田(T)さんはエベレストのベースキャンプまで一人で登れる健脚.
Kazchariはそこまでの体力はない.
足元はビーサンやし.

そう,なんやかんやで10kmは歩いた.ヘロヘロである.
ようやくたどり着いたその店は,若い娘三人が切り盛りしている雰囲気の良い,かつ良心的な店であった.

事情を説明すると,当局に掛け合ってくれるとのこと.
少々不安だが,パスポートを預けることになった.
ここは信用するしかないだろう.

三人娘に希望を託し,ファング・ラオ通りに戻り,ランチカフェ.

サイゴンはまだまだ旅行者のたまり場となる場所が少ないので,この通りのカフェで張っていると,すでに知り合いの旅行者によく会うのだ.
(※注:ネットや携帯のない時代)

サイゴンよりさらに南下し,メコンデルタ川下りツアーの船をシェアする相談を持ちかけるためである.
大前田(T)さんと二人だけだと,高くつくのだ.

しかし,今日に限って誰も来ない.
後日に期待するか...

さて,時間が余った.
「ホーおじさん記念館」に行くも昼の休憩時間.

ここで大前田(T)さんと一旦別れて一人,「戦争博物館」へ行くことにした.
入場料7000ドン.おそらくガイジン料金.

なんとも適当な展示方法.
ヴェトナム戦争で使われた武器が無造作に置いてある.

Konica 現場監督
Konica 現場監督
Konica 現場監督

他には,アメリカ軍による胸クソ虐殺写真や,「枯れ葉剤による奇形児のホルマリン漬け」が並ぶ.
ふと考えれば,この国,戦後からまだ20年も経ってないのだ.

旧大統領の館跡を過ぎて,隣の「革命博物館」も見学.
前知識があまりないので展示物を見てもよくわからない.
知っているのは「アメリカの傀儡政権である南ヴェトナムを解放するために,ホーチミンが北ヴェトナム軍を率いて,反政府ゲリラのヴェトコンと手を組み,アメリカ軍を追い出した」というぐらい(合ってる?).
無料なのは救い.
カンボジアの前に行ったラオスの首都,ヴィエンチャンにあった“赤い部屋”の方がずっとインパクトがあったなぁ.

15時過ぎに宿に戻り,部屋にいると,ちょうど代理店から電話がかかってきた.

曰く,Kazchariのヴィザは今すぐに延長可能.ただし2週間(短い!).

大前田(T)さんに至っては「モク・バイ」入国期限日から換算して1ヶ月オンリー,つまり来週月曜日には出国しなければならないという,理解し難い裁定.

「これはシャレにならん」と,2人してあわてて代理店に出向く.

3人娘には罪はない.
結局イミグレーションで直接直談判しようということになり,スタコラと3日前(もうそんなに経った!)に行ったイミグレを再度強襲!

しかし...全く相手をしてもらえず,翌日「公安」にて再チャレンジすることにした.

大前田(T)さんはほとんど諦めの境地にあるようだ.

夕食は今日も中華街へ.
食卓の友,ニョクマムがクセになってきた.かけまくる.

なんだかんだで博物館に行ったし,サイゴンをひたすら歩いたせいか,今日になってようやく観光らしい観光をした気がする.

そして気づいたこと...サイゴンの街はう○こがよく落ちている.
そして小便くさい.

懐かしい...そう,インドから香辛料の匂いを抜いた感じに近い.

(その5へ)

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その前日 ⇒ 旅の回顧録~1993年のヴェトナム(3)

その翌日 ⇒ 旅の回顧録~1993年のヴェトナム(5)

旅の回顧録~1993年のヴェトナム(3)

1993/4/8 Thu

これぞパッカーの1日.

Konica 現場監督

蚊がいた.
寒かった.
鼻水が出た.
朝食が美味かった.

カンボジアで日本人ボランティアが殺された.

SUNIMEXに行ったがラチがあかなかった.
(注:何のことだかわからない)

日本への手紙を出しに郵便局に行ったが,消印のみで切手を貼ってもらえなかった.

やはり入国許可スタンプや税関申告が気になった.
タンソンニャット国際空港に行くことにした.
行きはシクロでUS$2.5だった.
帰りはバイクタクシーでUS$1だった.
空港のイミグレでも何の進展もなかった.
出国カードの裏側に何かを書かれた.
税関申告カードもラチがあかず,「Big Problemだ!」と脅された.

バイクタクシーの親父と料金でもめて口ゲンカになった.
関西弁で怒鳴ったら逃げた.

「Cefe CaCa」で食事した.
2日前に会った日本人旅行者にビールを奢ってもらった.
同じく「モク・バイ」入国で書類が揃わず焦る日本人旅行者にも会った.
大学生だった.
日本人3人で中華街へ行った.
鴨の足を食べた.

雑貨屋で牛乳石鹸を見つけた.
日本製品の直輸入店だった.

ホテルの部屋に戻って,先程の旅行者と雑談した.

サイゴンに滞在して4日が経った.
何の観光もしていない.

(その4へ)

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その前日 ⇒ 旅の回顧録~1993年のヴェトナム(2)

その翌日 ⇒ 旅の回顧録~1993年のヴェトナム(4)

旅の回顧録~1993年のヴェトナム(2)

1993/4/7 Wed

フォーとケーキと

扇風機をつけながら寝ると体に悪いと言うが,暑さと蚊のせいで眠れないよりはマシ.

そう,昨夜はこの人工的な涼しさの中,ぐっすりと眠ることができた.
朝,少々頭痛が少々残るものの,胃は回復した.

この宿も悪くないが,より快適さを求め,大前田(T)さんと,近所にあるエアコン付きUS$5の「VAN CANH HOTEL」(注:声調記号は省く)を見に行く.
部屋はそこそこ良かったが,残念ながら共同トイレの水の出が悪かったので,エアコンはもちろん,シャワー/トイレ付きUS$9のツインにアップグレードした.
2人だと宿代が助かる.
「部屋が暗いからヤダ」と大前田(T)さんは最後までゴネてたけど.
いやいや,あなた,電気スタンド持ち歩いてるやん.

元の宿から荷物を搬送.

それにしても...エアコン付きの部屋なんて今回の旅行で初めてである.
実に快適.
チェックイン後,外で食事.
「ヴェトナムうどん」こと,フォーを食べることにする.

相場がわからないので,半屋台っぽい店で値段を尋ねる.
どこで聞いてもなぜか一律4000ドン(約40円).
これが,この近所のフォー固定価格なのかね?
地元民と同じ?
それともボラれてるのだろうか?

適当に座って「フォー・ガー」(鶏肉入り)を注文.
思ったほど美味くない.
日本を出て3ヶ月が過ぎ,そろそろ世界最強の「日本のうどん」が恋しくなってきた(禁句).

宿への帰り道,よくわからんが医療器具がやたらに置いてある店でタイ製の歯磨き粉を5000ドン(約50円)で買う.

ヴェトナムのホテルはお湯を用意してくれるのがうれしい.
持ち歩いているインスタントコーヒーが飲めた.

ヴェトナムには,有名なコーヒーセットがある.

illustACフリー素材

粉コーヒーを濾すのだが,これをどこかで手に入れたい.
その後,昼寝をしたり,日本へ手紙を書いたりしているうちに,サイゴンは夜の7時.

胃の調子もぐっと良くなり,食欲も出てきたので「シン・カフェ」まで出向き,東南アジアのメジャー食,野菜ぶっかけメシを食べる.

ナムプラー(?)の小皿もついてきたので,タイ料理のノリでドバっとかけると酸っぱくなりすぎた.
これがヴェトナムのニョクマムか.
以後,注意すべし.

食事の後,裏通りをジャラン・ジャラン(散歩).

店も並んでおり,それほど暗くはないが,これまでの国に比べ少し恐怖を感じた.
事前にサイゴンの悪いウワサを聞きすぎたせいか.

宿の近くのケーキ屋に寄る.
2個で2400ドンという激安品を買う.

部屋で食べると異様に甘かった.

(続く)

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前日 ⇒ 旅の回顧録~1993年のヴェトナム(1)

翌日 ⇒ 旅の回顧録~1993年のヴェトナム(3)

旅の回顧録~1993年のヴェトナム(1)

1993/4/6 Tue

Good Morning VIETNAM!

Konica 現場監督

カンボジアでの旅を終えたKazchari.国境でのゴタゴタを乗り越えて無事にヴェトナムに入国.
(注:当時の日記のリライトにあたり,「ベトナム」を「ヴェトナム」表記に変更)

旅の回顧録~1993年のカンボジア(完)

サイゴン(ホーチミン・シティ)にいる.

現在,体調最悪.
ヴェトナムの第一印象も最悪.

カンボジア,タケオの自衛隊訪問以降,少しずつ悪化していた体調がどうやら本日ピークに達したようだ.

まず,昨夜,激しい嘔吐と下痢に襲われた.
朝も下痢と頭痛.

部屋に迎えに来た大前田(T)さんに散々,「疲労だよ,疲労!」と言われ続けた.
Kazchari本人もヤバイ病気でないことを願いつつ,大前田(T)さんと一緒に,サイゴン散策に出かける.

観光というよりは事務手続きが目的.
まだまだ個人旅行客の受け入れシステムが整っていないヴェトナムでは,必要な書類や手続について,旅行者間であーでもない,こーでもないと推測合戦が繰り広げられている.

現状の懸念事項は3つ.

一つは国境でもらえなかった「関税申告書」
もちろん,税金がかかるようなモノは持ち込んでいないが,それならそれで出国時に半券(?)を渡す国が多い.

次に「滞在許可証」の申請可否.
ヴィザはもちろん持っている.
それとは別の書類が必要という噂が出回っていた.

最後に「ヴィザの延長」
今回,カンボジアにて「モク・バイ」という陸路入国も可能な特殊なヴィザをとった.
最大滞在日数は1ヶ月.
ヴェトナムにはもう少しいたいので,サイゴンにいる間に延長申請がしたかった.

これらを解決するため,今日は動く.

まず,公的旅行代理店(?)である「ヴェトナム・ツーリスト」に行く.
スタッフから「滞在許可証の申請要,現状ヴィザの延長不可」という説明を受ける.
実にそっけない.
ただし,サイゴン発のツアーの話になると急に宣伝が激しくなった.
こりゃアカン,こちらの疑問にははなから答える気なしと判断し,店を出る.

朝食がまだだった.
次にサイゴンで有名な日本人経営の居酒屋「ドラえもんカフェ」に行ってみる.

(注:2022年現在,似たような名前の店「どらえもん かか」がある.その前身なのだろうか?)

朝定食(ごはん,卵,野菜,味噌汁,梅干し)US$2.5とバナナシェイクを頼む.
なかなかのボリュームと味であった.

そこへ,店長の日本人Hさんが,なぜかテニスウェア姿で登場.

Hさん曰く,「滞在許可証は必要なくなったけど,しておいた方がいい.ここはそういう国だから」とのこと.面倒くさい.

(注:この事務手続き関連のいい加減さには後々も悩まされることになる)

朝食後,次は「サイゴン・ツーリスト」へ.

店構えからして「いかにも国営でござい」という印象(どんな?).
スタッフが言うには「滞在許可証は不要,ヴィザの延長は残り日数が2,3日になればできる」とのこと.口調や雰囲気からここのスタッフの言うことが一番信用できそう...とここまでは良かった.

Kazchariのパスポートをパラパラとめくり,「モク・バイ」ルートで押してもらったヴェトナムの入国スタンプを見て,いきなり怒り出し「滞在許可マークが付いていない!大問題だ!」といきなり騒ぎ出す.知らんがな.

当然,同じように入国した大前田さんのパスポートにもそんなマークは押されていない.(まぁ,それ以前に賄賂入国...)

「国境のイミグレに戻ってもらってこい!」とむちゃくちゃ理不尽なことを言うので,Kazchariも(ことさら沸点の低い)大前田さんもブチ切れ!

「このミスはお前らの問題で,こっちには何の責任もない!」と怒鳴り返してやった.なぜかこういう時は英語がスムーズ.

あちらの反撃ターン.
「ヴェトナムにいたかったら,ここのルールに従え!」と言い返しやがる.
ホンマ,お役所国家である(正論やけどな).
同じ共産圏でもラオスの方がずっとましやった.ブツブツ.

むかっ腹のまま「サイゴン・ツーリスト」を出る.

市内のイミグレーションに行けば,第一の課題である,関税申告書を入手できるかもしれんと思い,炎天下の中,トボトボと歩く.

イミグレ着.
旅行者でごったがえす中,英語がわかるポリスを捕まえる.
曰く「出国カードとヴィザだけあれば“ガイジン”はNo problem」だそうな.ホンマに?

とりあえず,その言葉を信じることにして,もうこの件でジタバタするのはやめようと,大前田(T)さんと決める.

ホテルに戻ったのはよいけれど,猛烈に身体がだるく,完全にグロッキー.
寝て目が覚めたら夜の8時であった.
下痢はまだ続き,食欲がないので,パンと水だけの夕食.
シャワーと洗濯の後,日記を書いていたら大前田(T)さんが部屋にやってきた.

メコンデルタの各都市,ミト,カントー,クチなどサイゴン周辺都市の観光を相談.

Kazchari自身が病んでいても,旅は進んでいく.

続き ⇒ 旅の回顧録~1993年のヴェトナム(2)

Konica 現場監督