「霊肉分離」で納得してしまった

2021/4/7 Wed

脳がない生物はたくさんいるが,脳だけの生物はいない.

以前の記事で『馬鹿ブス貧乏な私たちを待つろくでもない近未来を迎え撃つために書いたので読んでください』を読み,感銘を受けたと書いた.

馬鹿ブス貧乏な私たちを待つ ろくでもない近未来を迎え撃つために書いたので読んでください。

ラノベとは違った方向性のやたらに長い書名だが,中身は至ってまじめ.

前作『馬鹿ブス貧乏で生きるしかないあなたに愛をこめて書いたので読んでください』に続き,(基本的に)現代社会において女性がいかに生きにくいか,が綴られている.

馬鹿ブス貧乏で生きるしかないあなたに愛をこめて書いたので読んでください

優生思想陰謀論じみた記述もあり,読者を選ぶかもしれんが,橘玲森博嗣に通じる,現世への冷徹な見方がザクっと刺さる.

思わずメモしたくなる文章が多いが,やはり前著の『馬鹿ブス~ろくでもない』p280~が秀逸.
孫引きになるが,さすがにフル引用はまずいので,論旨をまとめてみる.

ざっくり言うなら,テーマは「霊肉分離の徴候」である.

ネットの普及のせいで社会は個人化しつつある.
特に若い人は,その方が“ラクで快適”であることに気づいてしまった.
いわゆる「草食化」という性交回避傾向も“ラクで快適”を突き詰めた結果である.
自分の肉体でさえ面倒なのに,他人の肉体まで扱うなんてとんでもない.
肉体は厄介だ.疲れるし,痛いし,何より経年劣化する.
肉体ゆえの喜びの一つに食欲があるが,最近の若者は,スマホ操作のために片手を空けておかねばならず,さらには噛まずに済むものがいい.ラクだから.
理想は宇宙食.必要な栄養が過不足なく入り,排泄量も少ない.
ようするに肉体の機械化が最も合理的と考えるようになった.
そして,生身の“肉体”で顔を突き合わせるより,“霊”だけがネット上でチャットしている方が“ラクで快適”になりつつある(まぁ,新コロ下では安心だが).
これは良い悪いの問題ではない.
肉体という有機物の面倒くささを意識できるほどに,人類は便利な無機物(機械)に囲まれて生きている.

という話.

『攻殻機動隊』の頃から,SF界隈ではずっと語られているテーマやね.

義体化,電脳化したヒトはどこまでヒトか?

魂(霊)と肉体の分離は可能か?

AIに人格は宿るのか?

そこで浮かんできた思考が2点ほど.

一つは最近の若者というか日々接している二十歳前後の学生の傾向.
(あくまで主観かつ全員ではないが)反応が薄い生徒が増えた.
意見をほとんど言わない,もしくは当たり障りのない浅い“感想”のみ.
講義中だけに限らず,雑談時でもほとんど話さない.
大声で笑う事は少なく,ニヤっとするだけ.
これは対講師だけではなく,友人関係ですらその傾向はあるようだ.
ディスカッション形式の講義においても,まるで意見が出ないので,以前から感じていたことを尋ねたことがある.

Kazchari「ひょっとして,批判,賞賛に限らず,他人の意見に干渉するのはマナー違反?」

生徒「はい」と即答.

やはりそうかと納得した.
一方で,LINEでの返事だと超速.
絶対にあるはずの人間関係の葛藤もリアルではなく,ネット上では盛んなのだろうか.

これまた良い悪いの話ではない.

他者の領域には,文字通り”面と向かって”踏み込まない.
その方がスマートと感じているだけなのだ(もちろん全員ではない).

もう一つは,言うまでもなくエヴァ.
めでたく『シン・エヴァ』にて,「身体と魂の二元論」の物語は一応決着がついた(かもしれない).

先日NHKで放送され,色々と話題になったあの『プロフェッショナル』で一番印象に残ったのは,

「カントクが編集のために作業部屋にこもる,菜食主義者なので,風呂に入らなくてもあまり体臭がしないのだが,それが匂ってきたらヤバイ」(意訳)

というスタッフの話である.
モヨコ夫人作の『監督不行届』にも,カントクの着替え嫌い,風呂嫌いの描写がある.
これは生活に無頓着だとか不潔とかいう基準ではなく,カントクが肉体に興味を持っていない,重きを置いていないゆえの言動かもしれない.

監督不行届

『エヴァ』ではTV,旧劇,シンを通し,程度の差はあれ一貫して「現実に戻れ,リアル(肉体)もいいよ」というメッセージが込められていたと思うが,カントク自身はあまりそう思っていないような気もする(勝手な想像).
とは言え『シン・エヴァ』では食べたり,農作業したり,風呂に入ったり,魚を釣ったりと,第三村で肉体感覚と感情との融合,それによる回復が描写された(作業療法だ).

では,それを観ている我々(特に虚構を愛する者)はどうか?
最初の『馬鹿ブス~』からの引用にあるように,意識しないと肉体を感じられなくなっている生活を送っていないか.

Kazchariの愛読書はこれ.

脳を鍛えるには運動しかない!最新科学でわかった脳細胞の増やし方

元々は健康のために始めたチャリ趣味だが,走行中は嫌でも肉体を感じる.
脳(=霊)を喜ばせて好循環.
そう,Kazchariも意識しないと,“霊”だけでは“ラクで快適”な世界に埋没しそう.

冒頭の『馬鹿ブス~』では,この文章も印象に残っている.

自殺が悪いことだとは思わない.
かといって,自殺者に同情する気もない.
ただ,随分と視野の狭い,想像力のない,頭の固い人々であるなあ,とは思う.

肉体が霊を救うかもしれない.
霊が肉体を救うかもしれない.

つまり,個体の生存のためには,分離ではなく相互補填すると良いという,至極単純な帰結となった.
バランスよく生きていこう.

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