新井リオ『英語日記BOY』を読んだ

2020/10/31 Sat

英語学習環境アップデート.

英語日記BOY 海外で夢を叶える英語勉強法

新井リオ著,『英語日記BOY』を読んだ.
何かと話題のこの本,最後まで読み終えた感想は…素晴らしい.
刺激になった.
最新(?)の英語学習環境構築はこうなっている!ということに目から鱗がダダ落ちた(It opened my eyes)!

忘れないうちにポイントをメモ.

【英語で日記を書く】
・「英語が話せる」とは,今言いたいオリジナル英語フレーズが瞬時に出てくること.
・「いつか自分が言うであろう英語フレーズ」を先回りして知っていなければならない.
・著者が実践したのは英語で日記を書くこと.
・自分に必要なのは「今日起きた出来事」+「今日抱いた感情」を英語で言えるようになること,つまりは日記.
・まず日本語で日記を書き,一文もしくは要約を英訳し,オンライン英会話などで講師に添削してもらう.

【英語を話せるようになるためには留学が必要?】
留学には金がかかる.
それに実は効率が良くない(大教室+日本人同士でかたまりがち).
日本に「海外と同じ環境」を作れば問題ない.

【「英語タイム制度」の導入】
・毎日最低3時間,使う言語を全て英語にする
・オンライン英会話の活用(コスパ最高!)
・英語でひとりごと

【自分の部屋を「ミニ海外」にする】
・スマホの言語設定を英語にする ⇒ done
・アプリ「スマートニュース」の設定をinternationalにする ⇒ done
・英語のTwitterだけを読む
・英語ラジオ「WNYC」を流す ⇒ done
・英語版漫画を読む(kindleあり)

【「LINE」デジタル単語帳】
(1)自分専用グループを作る ⇒ done
(2)「これ英語でなんて言うんだろう」をメモする
(3)インターネットで調べ,オリジナル例文を作る

【「Siri」発音矯正】
(1)ボイスメモで自分の声を録音する
(2)YouTubeの解説動画を見る
(3)英語設定の「Siri」に話しかける

以上が,この本の提唱する英会話取得のための方法論(抜粋).
もっと以前に知っとけばなぁ...

Kazchariが人生で一番英語の勉強をしたのは20年ほど前
青年海外協力隊の派遣前訓練から,ジャマイカに滞在していた2年間.

結局,モノにはならなかった.
人口5000人程度の町に住んでいたたった一人の日本人.
もちろん英語は毎日使っていた.
仕事を終えた後,2時間は勉強した.
それでも上手くならなかった.

何が足りなかったのだろう?

専門用語を使う業務上のやり取りは徐々に向上していったのは間違いない.
もどかしかったのは日常会話やパーティジョーク
フレーズがなかなか出てこない.
さらにリーディングもライティングもリスニングも怪しい(全部やん).

何が足りなかったのだろう?

この本の後半は著者の夢の体現者ビジネス成功者としての経験談が続く.
そういう話はあまり面白くないことが多いのだが,この本は別.
英語学習の枠を超えて,良いこと言っている.グサグサくる.

僕たちは,勉強・練習することを「デフォルト」として生きたほうがいい.「私は,〇時~〇時に英語を勉強する人間です」と思い込むのだ.

勉強は「やらなければいけないネガティブなもの」ではなく,「やると夢が叶うポジティブなもの」だという意識を持ち続けるのだ.

スキルの向上とは常に,限りなく「自分主体の課題」なのだ.

いつも後悔してきた.もっと何かができたのはないか.

海外は,ただ「努力がしやすい場所」.

自分はいま,生まれて初めて自分の意志で生きている.

海外志向の強い人こそ,これからは海外という概念を持たないことが重要になる

語学学習における最高の環境にて2年間+αを過ごしたにも関わらず,モノにすることができなかったKazchari.

足りなかったのは覚悟.
将来にわたって英語を使い続ける意志.
環境の有効活用.

そして現在.
立ち止まっていないか?
まだ終わってないか?

スペイン語とインドネシア語,ちゃんと勉強するならどっちがええかなぁ?(←おい!)

網走方面家族キャンプの巻(その4)

2020/8/9 Sun ~ 8/10 Mon

12年ぶりの収監.

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家族全員が起きて来た.
朝食後,撤収開始.
相変わらず息子は戦力にならん.

「その3」では静かなキャンプ場と感想を述べたが,一つだけ例外があった.
隣というか,こちらから見て山側の家族が犬連れだった.
この雑種犬,放し飼いではないものの,うちのテントとの中間地点に刺したペグに“伸縮式の”リードでつながれているだけ.
距離をとって歩いていたにも関わらず,いきなりじゃれついてきて困った.

Kazchariは犬が好きではない.
あいつらはクサい.
その上「なめる」というコミュニケーション手段をとるのが我慢ならん.
何よりも人間に媚びる態度が(以下略)
ようするに,Kazchariはネコ派です.

にしても,犬好き派の「みんな(ウチの)犬が好きに違いない」という思い込みはなんとかならんか?
あ,これって子供(赤ちゃん)好きにも言えるか.

息子はもちろん興味津々.
近づいたり離れたりして遊んでおる.
戦力にならなかった原因の一つはこの犬.

撤収を急ぐのにはわけがある.
昨夜風呂から帰還した後,Kazchari号を木と木の間に停めたのだが,うちと他車に挟まれてちょうど動きがとれないクルマがあるのだ.
誰だか知らないそのオーナーが出発する前に,Kazchari号を動かす必要がある.
少しずつパッキングした荷物をクルマのそばまで運ぶ.
ちょうどそこへ,その動けないクルマのオーナーがやって来た.

Kazchari「すいません.動けないですよね.今すぐ出しますんで」と挨拶すると,そのオーナー(若いにーちゃん),「いいですよ~ まだ出ないんで」とさわやかに返答.
ただし,気になったのは,半袖シャツから見えている両腕にびっしりのタトゥー
別に偏見を持つわけではないが,何の職業かなと思う.
少なくとも,温泉に入れへんやん.

気になったので調べてみたらこんなページを見つけた.

【経験談】タトゥー・刺青がOKの仕事まとめ|タトゥーだらけの筆者のケースは?

以前に比べると,そんなに特別なことではなくなってんねんなぁ…と認識をアップデート

つーことで9時頃にはキャンプ場を後にする.
まず,前日に日帰り入浴したホテルに娘が忘れたバスタオルを取りに行く.
丁寧な対応に感謝

そして「網走監獄」へ.
ご存じの方も多いと思われるが,現在は刑務所ではなく,あくまで“博物館”である.
ちなみに運用中の「網走刑務所」は別の場所にちゃんとある.
殺人などの凶悪犯はおらず,刑期10年以下の短期収容施設で,4割以上は暴力団組員および覚醒剤関連だそうな.

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網走監獄には朝一到着.まだ人少なめ.
入場券の販売所では,なぜか「どこから来たのか」の確認がある.
これがまぁ周囲に丸聴こえで,関東や関西の地名がポンポン飛び出すが,例の「Go to インパール」…じゃなかった「キャンペーン」で来た人たちだろうか?
近頃めっきり減っていると思われる外国人の場合,どの様に尋ねるのだろう?英語?

最近読んだ本が面白かった.

まんが アフリカ少年が日本で育った結果

筆者はカメルーンに生まれて育ったルネさん.
母親が日本人と再婚したので4歳頃から日本に住んでいる.
日本語で教育を受けたのでほぼネイティブ.しかも神戸なのでバリバリの関西弁
黒人の少年が周りからどう見られてきたか,特に日本人のステレオタイプな発想をユーモアたっぷりに紹介した本である.

首都圏に限らず,日本在住の外国籍の方は確実に増えてきている.

息子の友だちにもロシア人がいて,10歳の彼は日本語ペラペラである.
このまんがの作者やロシア人の少年に限らず,白人顔,黒人顔だと“必ず”英語が話せると思われるらしい.
日本人から話しかけられる時の第一声はたいてい英語
当然,母国語ではない英語を苦手とされる方も多い.

そりゃそうだ.
英語の世界共通語化は未達成.
逆に日本人が海外に出かけた場合,「ガイド」「商売人」「詐欺師」以外は,容赦なく自分たちの母語で話す.それに対応するため,こっちも現地の言葉を覚える.
よく考えれば,日本を訪れた人に“英語”で対応する義理はない.

とは言え,日本語のマイナーさ(とは言っても話者は1億人以上.ただし地域的に狭小)から考えると,共通語として,わずかでも知っている“英語”になるのはやむなしというところか.

似たような話で,インバウンドだかなんだか知らんが,ここ最近急激に増えた中・ハングル・英併記の看板.看板がデカすぎて景観を損ねている場合すらある.
旅に求めるのは母国同様の便利さではなく,非日常・異文化体験なのでは?
あまりに配慮しすぎると,かえって旅がつまらなくなる...と思うのは少数派なのだろうか?

そんな脳内妄想から,網走に戻る.
ここで大失敗に気づく.
この博物館も私学共済のフリー入場特典の対象だった.
保険証や割引証なんぞ持っておらん.
どこまで優遇すんねん,私学共済.
そやけど,ゴールドカード年会費の件,あれはダメだ.

チケットを買っても,なぜかもぎりの人はいない.
実質スルー? なんてアバウト.

敷地内は非常に広い.
全部回るためには結構な体力が必要.
詳細は公式サイトにて確認していただくとして,撮影したものをのせる.

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どうして花写真ばかり?

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前回(12年前)訪問した3月は寒々感が強かったが,今は夏.明るい.
それに施設や展示物がクレードアップしている気がする.
インバウンド効果のおかげかも.
これまでなかった北海道推しマンガ『ゴールデンカムイ』関連の展示もちょこちょこと.

「網走から北見へとつながる道路建設に受刑者たちが従事させられていた.その過程で多くの受刑者が死んだ」事実をやたら悲劇的な出来事として,妙に囚人側に同情的な演出が気になった.
犯罪人だから何をしてもいいとはもちろん思わないが,アメリカ並みに“加害者”や“受刑者”の人権が強調されてないだろうか?
まぁ当時の発想では刑務所は「懲罰施設」であって「矯正施設」ではない.
人の命,ましてや犯罪者の命は今よりはるかに軽い時代だったのは間違いない.

そういや,先日レビューした『正義の教室』でもパノプティコンの話があったな.
網走監獄の斜め格子五翼放射状房は,より効率的な監視システムへの過渡期的設計なのかも.

刑務所と言えば刑務作業
多くの展示物があったが,網走監獄で作られた加工品や農作物は非常に評判が良かったとのこと.
現代の刑務所の話になるが,昔,Web記事でこんな比較表を見たな.

【刑務所とブラック企業の比較】

労働時間    8時間厳守       最低12時間
通勤手段     徒歩数分     満員電車1~2時間
朝食         健康食      食べない
昼食         健康食      コンビニ弁当
夕食         健康食      コンビニ弁当
夕食後        自由        仕事
残業         無い        当然
残業代        無い       サービス
休憩         あり       喫煙時のみ
土日祝      確実に休み      出勤か接待
年数       刑罰に応じる     倒れるまで
健康       健康になって出所    ボロボロ

さて,けっこうな気温の中,ほぼ全ての展示物を見学後帰路へ.
めったに来ない地域なので,行ったことのない道の駅『東藻琴』へ向かう.
ここで昼食.

iPhone11 Pro
iPhone11 Pro

昨夜の『ARCADIA』ステーキの衝撃が収まらぬ中,無謀にもここでもステーキを注文.
まぁ,美味しかったかな(そんなもんです).
やはり道東は肉だ.

ようやく帰路へ.
往路と同じ道だと面白くないので,帰りは高速を使わず,下道(石北峠)を通る.
特に大きな事件もなく(あったら困る)無事帰宅.
ずっと運転していたせいか,もはや持病となっている頸コリが悪化
そろそろ病院かな.

こうして年に一度の家族キャンプは終了(本当に?)
次は一人で行きたいなぁ...ボソっ

ゴダイゴ『銀河鉄道999』English ver.

2020/6/15 Mon

実はおっさん向けソング

言わずと知れた神曲.ゴダイゴの歌う劇場版『銀河鉄道999』の主題歌である.
Kazchariはどストライク世代.
アニメも観たし,曲も数えきれないぐらい聴いた.
それに,旅先での長距離バスや列車の中でも,一人ボソボソ歌ったなぁ...

曲も良いが,なんと言っても歌詞が素晴らしい.
特に2番
もう聴くたび,歌うたびに泣ける
著作権上,歌詞をどこまで書いていいのかわからないので一部掲載.
そう,ここ!

♪そうさキ~ミはぁ気づいてしまぁったぁ~ 安らぎよりも素晴らしいぃものぉにぃ~

の部分.
元,いや心はいつでもどこでも旅人の,Kazchariの胸に突き刺さるのだ.
あ~旅に出たい.

ゴダイゴのメンバーは外国人がいたり,ボーカルのタケカワユキヒデが外語大出身だったりするためか,通常の日本語版に加え英語版だけのCDも発売されている.
Kazchariも所有.今ではAmazon prime musicでも聴ける.

GODIEGO GREAT BEST 2 HQCD, 限定版

ある日,チャリの洗車をしながら聴いていると,「あれ? これって日本語の歌詞と意味が全然違うくね?」と気付いた.

もうひとつの有名曲「ガンダーラ」なんかは,日本語と英語でそれほど変わらないが,この曲は意味合いが全然違う.
英語歌詞原文の掲載はまずいと思うので,Kazchariが適当に訳したのが以下.

ついに終わりかと思ったさ
でもこの長い旅はまだ終わってなかった
探検すべき場所はまだたくさんある

誰も知らない宇宙のどこかで
輝く星の海で
別の星が呼んでいる
探し続けろと

夢みる限り
若いころの情熱は燃えつづける
焦がれる限り
キミは人生に退屈しない

銀河鉄道999はキミを旅に連れてくよ
終わりのない旅へ
星への旅へ

だいたいこんな感じ.
なんと,いきなり旅が終わっとるがな.
日本語版は出発前の心境.英語版は到着してからの感慨.
日々の生活に疲れている(元パッカー)おっさん向けソングに変わっている.
こりゃ,ささるわ~

自由人だった頃は,毎日会社に行き,定期的な収入があり,家族がいて,娯楽情報をチェックするという平凡な生活に憧れた.
いざ,その生活を手に入れると今度は逆に何をしても自由,気の向くまま必要最低限の旅生活,すなわち食べる,寝る,観るに徹することができた時代に焦がれる.

人とは贅沢な生き物だ.
Kazchariは現在そこそこの社会的地位もあり,日々の楽しみにも事欠かない.控えめに言って幸福.
しかし,何者でもなかったあの頃へのあこがれは未だにある.

ちなみに,ささきいさおの歌うTVアニメ版もOP,EDともに素晴らしい.

『奇跡の2000マイル』を観た

2020/1/23 Thu

ロードムービーは難しい

奇跡の2000マイル(字幕版)

Amazon Prime Videoで映画『奇跡の2000マイル』を観た.もちろんZwiftしながら2日に分けて.

この映画の前に,ロバート・レッドフォード主演の『ロング・トレイル!』を鑑賞.80歳になろうかという名優の,いや,じいさんの旅に共感.後半に少しだけ事件が起こるが全体にゆるーい雰囲気で話が進む.基本的には毎日同じことの繰り返し.長旅ってこうでしょう.主人公のつぶやきはレッドフォード自身のそれなのだろうか.

で,この『奇跡の2000マイル』(原題:『TRACKS』)の話である.こちらはノンフィクション小説がベース.70年代.オーストラリア在住の20代前半の女性が人生に悩み,家族や故郷から離れて(あくまで国内ですが),ラクダを調教し,その後,7ヵ月の砂漠横断にチャレンジする話.

原作『ロビンが跳ねた―ラクダと犬と砂漠 オーストラリア砂漠横断の旅』は1990年に邦訳が出版されているものの現在絶版.Amazonでは上下巻の上だけ読んだ人のレビューが一つだけアップされていたが,これがまぁ不評.元々文才がない上に前半は愚痴が延々と続き,単なる旅日記になっているそうな.まぁ想像つくわな.原書はkindleで入手可能.試しに市立図書館のサイトで検索をかけた所,蔵書していた.とりあえず借りてみよう.読み切れる自信がないけど.

Kazchariはオーストラリアに行ったことはない.PNGで知り合ったオートバイおたくのJamesから,いつでも遊びに来いと言われているのだが,何故か興味がわかない未踏の地.

バックパッカー間で一世を風靡したかの有名な落書きがある.

金の北米 女の南米
耐えてアフリカ 歴史のアジア
何もないのがヨーロッパ 問題外のオセアニア
豊かな青春,惨めな老後

こいつのせいかもしれない.Kazchariはこの落書きが書いてあったとされるバンコク楽宮旅社に1993年に泊まったことがあるが,それはまぁ味のあるホテル(というより牢獄)でした.一階の北京飯店のメシは美味かった.パッカー達のたまり場がチャイナタウン(楽宮,ジュライ)からカオサンへ移行する時期だった.

昔話はさておき,以下,映画の内容に触れます.

【良かったかもしれない点】

・わざとらしい感動を狙っていない.
・映画的というより,ところどころで写真的な構図が美しい.
・砂漠映画だがあまり空撮に頼っていない
・人恋しさからつい〇〇してしまう気持ちはわかる
・しかし,カイロ・レン(ことアダム・ドライバー)がアップの時には,なぜか顔にハエがたかる.“うざい”の暗示?
・アポリジニの案内人役が素晴らしい.
・海.
・エンディングロールで原作者の写真が映される.もちろん女優さんより重装備.ついでによりオーラがある.

【ここはちょっと...】

・邦題が良くない.距離を出した方が印象に残るから? 欧米の書籍や映画の原題って素っ気ないモノが多い.読む側,観る側の想像力にまかせるってことか.
・そもそもオーストラリアってキロ表示じゃなかったっけ? 昔は違う?
・はたしてこれは一人旅なんだろうか? 登山物やったらアウト.
・どうしてラクダに乗らず,歩くのだろう? 乗り心地の問題?
・ノースリーブ,パレオ,サンダル,帽子無し,サングラスなし.この服装で砂漠旅?
・暑さと寒さがあまり伝わらないのはなぜ? 寒暖の差が激しいと思うのだが.
・主役の顔がキレイ(美人という意味ではない).汗かかない.渇きに苦しむ場面がほとんどない.日焼けも翌日完治.
・犬事件後,裸でうろつくシーンは事実? いきなり脳内ファンタジー路線?
・途中のバイクライダーの意味は?(スズキ400で記録を作る云々とか言っていたが)

どこまでが演出で,どこまでが原作に忠実なのかわからないが,結局,この主役って何者なのだろう?

父親は冒険家(研究者?),母親は自殺,愛犬と引き離され,(心配はしてくれる)友達はいるけど,親しみは全く見せない.計画性があるのかないのかよくわからない.知恵と工夫で乗り切った描写も特にない.最終的に何かを悟った感もない.この主役にどう共感しろと?

ようするに,登場人物の心情を含めストーリーへの没入感はおいといて,美しいビジュアルを観るのが目的なら満足いくかも.当時のナショナルジオグラフィックに掲載された写真は素晴らしい.本映画撮影時のイメージボード集(?)も販売されている.

Inside Tracks: Robyn Davidson’s Solo Journey Across the Outback

『奇跡の2000マイル』,ラストの砂漠と海の対比はオススメです.

ちなみに,現時点で最強のロードムービーはこれだと思います.

世界最速のインディアン

外国語の習得は難しい(その2)

外国語の話のはずだったが,Kazchariの半生記もしくは旅行記っぽくなってきたので,以降要点だけ.
それぞれのエピソードは別の機会に.

伊丹決意したのは良いが,ではその方法はどうする?
そうだ,現地に住めば嫌でも話す,話せるようになるという単純な発想で,この決意の約10年後,Kazchariは青年海外協力隊に参加して英語圏で2年間生活することとなる.

↓JICA海外協力隊
https://www.jica.go.jp/volunteer/application/seinen/

はたして語学力は向上したのか,ネイティブ並みになったのか,その結果は...いやぁ,ダメでした.
いわゆる業務会話はわりと流暢に話せたが(ワンパターンなので),日常会話やパーティ会話は全然身につかず,帰国直後に受けたTOEICでも640点程度.
今はもっと下がっているはず.
今,思うに(その1)で書いた原則やら実践をあまり行っていなかったなぁ...と思ふ.

と済んだことを後悔,反省していても仕方がない.
終活中なのだ.
残りの人生,行動あるのみ.
再挑戦してやる.サイドバーでオススメされていた別の動画も観た.

『どんな言語でも簡単に習得できる方法.マシュー・ユールデン』

まとめると以下の通り.

【要約】
1) 母国語との共通点を探せ ⇒ 日本人だとハングルか中国語?
2) シンプルに ⇒ 複雑な言い回しはドツボにはまる
3) 状況と必要性に関連させよ ⇒ 効率よく
4) 1日30分,定期的に短く勉強 ⇒ 少量頻回で習慣化
5) ラジオや映画を言語で楽しむ ⇒ 学習と並行して

【ルール】
1) その言語を使いながら生活する ⇒ 夢まで見れたら最高
2) 間違えよ ⇒ 人は失敗から学ぶ.※ここやね,恥を恐れすぎ
3) 競争を楽しめ ⇒ モチベショーン維持に欠かせない

(その1)で紹介した動画と言っていることはほぼ同じやね.
結局,王道しかないということか.
習慣化が何より重要.
特にルール№3には完全に同意.
自分には実績がある.
そう自転車だ.
ここ2年間ほど毎日乗っていても飽きない.
これも全てSTRAVAのおかげ.記録と競争は偉大だ.

次の旅まであと2ヶ月を切った.
さぁ,インドネシア語をマスターするぞ!(えっ?)

旅の指さし会話帳2 インドネシア(インドネシア語)[第3版]

外国語の習得は難しい(その1)

なにげにYouTubeを見ていると,TEDxでこんなネタがあった.

『どんな外国語でも半年でマスターしてしまう方法』

まとめると以下の通り.

【5つの原則】
1)自分に関わる部分に集中しろ ⇒ 映画のやり取りがわからないのは当然
2)最初からコミュの道具として使え ⇒ 習ったら使え!
3)メッセージを理解したら,その言語は無意識に使える ⇒ 相手のいいたいことを察しろ.状況を分析!
4)トレーニング! ⇒ 筋トレと同じ.習慣の力
5)心理理面が重要 ⇒ 恥・間違いを恐れるな

【7つの実践法】
1)たくさん聴け ⇒ スピードラーニングにも意味がある
2)言葉より先に意味を知れ ⇒ 非言語メッセージを見逃すな
3)組み合わせよ ⇒ 難しい語彙は憶えていなくても大丈夫
4)核に集中! ⇒ 頻繁に使う単語は何だ? それほど多くないはず
5)外国語の親を見つけよ ⇒ 気を遣わず,かつ的確に指摘してくれるマスターは貴重!
6)顔をまねよ ⇒ 正しい発音は顔全体で発する
7)イメージに直結せよ ⇒ 母語に訳すな

字幕プラス個人的な解釈なので,おかしい所もあるかもしれないが,だいたいこんな感じのことを言っていた.

今回のブログ開設もそうだが,終活の一環として様々なことに挑戦もしくは再挑戦を考えている.
外国語習得もその一つに加えたい.
この原則と実践法は大きな示唆を与えてくれた.

一般に日本人の場合,外国語≒英語という発想になろう.
英語ねぇ...中学までは得意っつーか,好きだったなぁ.
英文法はまるでパズルようだった.
思えばその認識があかんかったのかもしれん.
高校では並みの成績となり,大学では単位を取る為に講義に出て聞き流すだけで,全く興味の対象ではなくなっていた.

転機を迎えたのは大学の卒業旅行である.
初の海外は約5週間の個人旅.
当初はアフリカに行きたいという動機から予定を組んだものの,紆余曲折があり,結局ケニア2週間,インド・ネパール3週間の旅となった.
『地球の歩き方』を持ってのバックパッカー旅である.

出発前は「全部英語圏か.まぁなんとかなるやろ」という認識だったが,見事に玉砕.
こちらが言いたいことはなんとか言えたものの(事前に会話集で調べたりとか),返答の内容がわからない(ケニアはまだまし.インド英語は...).
現地の人との食堂やホテルでのやり取りだけならさほど問題なかったが,他国からの旅行者との世間話やジョークは全然成り立たない.
自分の言語能力の低さにあきれかえった.
今思えば,単純に語学力だけではなく,性格起因の対人関係力に問題があったことがわかるのだが,当時はそれに気づかなかった.

伊丹決意(当時は大阪伊丹も国際空港)ではないけれど,英語をなんとかしてやろうとこの時誓ったのだった...(その2に続く)