レンタルバイク&チャリの思い出

2024/1/25 Thu

使わない理由がない

3月の「環島」.
自前のチャリであるDOMANE持参(飛行機輪行)のハードルが相当高いことが判明.
ならば「いっそレンタルで」案が浮上してきた.

ここにきて「環島」プランに大変更!?

調べてみると,これがまた思っていた以上に手軽,かつ至れり尽くせりであることが判明.
「自分のチャリで走る」というこだわりを除けば,使わない理由が見つからない.

で,悩んだ末にとりあえずMathewBikeさんに問い合わせてみることにした.

公式サイトの予約申し込みフォームに名前や国籍,電話番号,身長と体重,レンタル日数などを記入.
「環島」向けに「15daysパック」なるものも存在する.

「島一周におすすめ」されていたSURLYのクロモリがやたらにかっこよかったので,とりあえず希望してみた.
ちなみに15days:7000台湾ドル(約¥35,000)と,他のチャリに比べるとレンタル料やや高め.

https://mathewbike.com/touring-bike-rental/

驚くべきことに,この料金にはヘルメットやパニアバッグ,携帯工具,パンク修理キットなどの備品も含まれている.
極端な話,手ぶらで行っても大丈夫なレベル.

面白いことに「ペダルをどうするか」との項目がある.
SPDもしくはSPD-SLを選ぶと追加料金が発生.

もちろん,Kazchariはマイペダル(SPD)を持参予定.
他にサドルも自前のつもり.ケツ痛防止のため.

この店を利用した日本人旅行者のブログによると,レンタルにするメリットは手軽さ以外にもあるらしい.

それは以下の通り.

リアにデカいパニアを付けて走っていると「環島中」なのが一目でわかり,道行く人々に色々と親切にされるそうな.
まるで,四国のお遍路やな.
さらに旗やら表示で「日本人」を主張しておくと,おもてなし度がさらにアップとか.マジか.

逆にサドルバッグ1個など,荷物を極力減らしたスマートすぎる装備だと,日帰りの現地チャリダーとみなされ,様々な恩恵を受けにくいそうな.

なるほど.これは素晴らしい利点だ.
こりゃレンタルで決定やな.

何だか承認欲求オバケのようだが,旅の成否は現地の人との交流次第.
つーことで現在,さきほどのSURLYが借りれるかどうかの返事待ち.

さて,Kazchariはこれまでの旅先でも何度かレンタバイク,レンタチャリしてきた.
その時の思い出を少し紹介.

【タイ】(1993年)

初の海外でのツーリング.
確か北部のメーサイにて,YAMAHAのモーターサイクルを借りた.
デポジットとして預けたパスポートを無造作に机に引き出しに入れるもんやから,ビビった.

1993年1月撮影

問題はその後.
当時はヘルメットの着用義務がなかったので,ノーヘルでミャンマーとの国境エリアを走り回った.ヤバイヤバイ.

1993年1月撮影 リアル強風オールバック

ここでタヒんでてもおかしくない.

【カンボジア】(1993年)

アンコールワット&トム見学時にレンタル・カブを利用.
1日5USドルだった.
この時の顛末は以下の記事に.

旅の回顧録~1993年のカンボジア(6)

ここでタヒんでてもおかしくない.

プノンペン滞在中は1日1USドルのレンタサイクルでうろちょろ.
いわゆる「キリングフィールド」までサイクリング.
ひたすらのどかな田舎道.
かの有名な「70ストリート」も見物.
ゾンビのごとき群れに追いかけられてガチこぎで逃げた.

ここでタヒんでてもおかしくない.

【ヴェトナム】(1993年)

中部の都市,ダナンだったかな.
遺跡巡りのためにカブを借りた.
とある村で停車中,前カゴから荷物をパクられてびびったぁ.
すぐに犯人を見つけて,怒鳴ったら返してきた.

ここでタヒんでてもおかしくない.

【ミャンマー】(1994年)

広大なパガン遺跡見学のためにチャリを借りた.

1994年3月撮影

個人的にはアンコールより気に入った.
塔の上から見る夕陽がとんでもなく美しかった.
この時の旅はミャンマー人の親切に泣かされどおしだった.

【ジャマイカ】(2002年)

青年海外協力隊員として滞在中,現地事務所からMTBをレンタル.
買い物にツーリングにと大活躍.
運動不足の解消にもなったな.

2002年撮影

走行中はジャマイカのク〇ガキどもに「Hey!Mr.チンチョンチャン!」という,罵声というか,からかいの言葉を吐き捨てられるのがデフォルト(中国人と思われている).

【イスラムヘーレス】(2004年)

ヨメさんとの地球一周旅行中に立ち寄ったメキシコの離島でレンタルスクーター.

2004年7月撮影

やたら細長い島で端から端への縦断が楽しかった.

【イースター島】(2004年)

小学生からの夢であったイースター島訪問.
当初は名著『バックパッカーパラダイス』に感化されてレンタルバイクを考えていたが,あまりの寒さと道路状況の悪さに挫折.
たまたま知り合った日本人旅行者と3人でレンタカー(SUZUKI エスクード)をシェア.

2004年7月撮影

当時は完璧にペーパードライバーだったため,そのMさんに運転を一任.
助かりました.
海外でクルマを借りたのはこの一度だけ.

【ボルネオ島縦断】(2009年)

今は無きボルネオ専門旅行社のモニターツアーに参加.
マレーシアのコタキナバルを出発.ブルネイを経由してクチンへ.
そこから国境を越えてインドネシアのポンティアナクまで150ccのオフ車で激走!

2009年9月撮影

10日間で2000km近い壮大な旅...って,誰も知らんがなそんな場所.

会社はなくなったが,なぜかサイトは残っている.

ボルネオ島縦断ツーリング

【スリランカ】(2011年)

モルディブからの帰りにトランジット.
スクーターを借りて,ニゴンボから中心のキャンディまで往復300km近いツーリング.
山間のワインディングなど,なかなかエキサイティング.

2011年9月撮影

途中警官に停められて難くせつけられたが,「ごちゃごちゃ抜かすんやったら日本大使館に連絡するで!」と“関西弁風英語”でブチ切れたら退散.こういう時は強し.

ここでタヒんでてもおかしくない(久しぶり).

【カオラック-タイ】(2016年)

ダイビングツアー終了後,窒素抜きの空き時間.
スクーターを借りて軽くツーリング.
暑い.

2016年4月撮影

【西表島】(2018年)

久々の国内旅.
ボロボロサビサビのレンタル(ママ)チャリ.

2018年9月撮影

道路が開通しておらず,いまだに島一周できない.
あちこちに「イリオモテヤマネコ死亡事故地点」の看板が立っているのが悲しかった.

【波照間島】(2018年)

フェリーの欠航率が異常で,訪問難易度が高すぎる憧れの島.
ダイビングの予約が取れなかったので,チャリで島内散歩.
トウキビ畑を抜け,砂浜まで行きシュノーケリング.
噂にたがわぬ美しい島だった.

2018年9月撮影

しばらく空港が運休状態だったが,なんと!

沖縄2離島、住民悲願の15年ぶり空路 年間1億4千万の赤字が前提 負担する地元に大きな不安

とのこと.大丈夫か?

【石垣島】(2018年)

人生で一番楽しかったレンタルバイク.
それがこいつだ!

石垣島の電動レンタルバイク GO SHARE

電気スクーターである.
バッテリー交換方法が独特.
充電スタンドでコンセントをつっこむのではなく,2リットルのペットボトルより二回り大きいバッテリーユニットを丸ごと入れ替える方式なのだ.

これにより充電中というタイムラグは完全に消滅.

台湾メーカーが石垣島で実験的にはじめ,やがて本土進出も狙っている...という話だったが,その後の話は聞かないな.

で,その性能だがノーマルのスクーターよりなめらかな走行フィール.

だがしかし.
いわゆるハイパーモードなるものがあって,そのスイッチを入れると,ちょっとここでは書けない速度が出てしまうのだ.

見た目よりずっとパワフルで,日本中に充電パックステーション作れば結構普及しそうやけどな.
少なくとも電動キックボードよりはるかに安全.

2018年9月撮影

おっ,こうやってまとめると,結構旅先で借りまくってきたなぁ.
1日もしくは数時間のつきあいとは言え,みな思い出深い良いマシンでした.

モーターサイクルにせよチャリにせよ,レンタルだと大きな町も小さな町も自由に動ける.決まったルートを走るバスや列車にない場所に行けるのが楽しい.

「環島」も基本ルートはあるようだが,あえて寄り道してみるのも一興.
なぜか中心の山岳エリアの記録はほとんどない.
相当険しいのか,それこそ何の施設もなくてリスクが高すぎるのか?

旅の醍醐味は大都市や観光地以外に隠れているものだ.

「環島」の準備~宿とカードとeSIM

2024/1/20 Sat

出発まで2ヵ月を切りました.

昨年に思いつき,着々と準備してきた台湾一周こと「環島」計画.
その出発日が近づいてきた.

環島~台湾に行きたし

航空チケットは既に手配.
チャリのサドルバッグなど,装備を新調.

そろそろどういう日程で周るか,お金はどうするのか,そして現代文明にかかせないネット接続はどうするのかを検討する時期となった.

ツアーでもなければ,身軽なバックパッカー旅行でもない.
自前のチャリを持っていくので事前手配が必要なのだ.

今回は海外飛行機輪行ゆえ(初)シーコンを持参するつもり.

単体だけで10kg近い上に巨大.
とてもじゃないが持ち歩けない.
ライド中は空港かホテルで預かってもらう必要がある.

まぁ,これに関してはソフトバッグも同様やけど.

ゆえに台湾到着日と出発前夜は同じホテルにするのが良い.
台湾通の知り合いに紹介されたのがここ.

メイ ルームズ タイペイ メイン ステーション

台北駅近くの立地.
オーナーさんにもSNSで連絡をした.
日付が良かったのか,朝食付きドミトリーで¥3,300と格安(たぶん).

到着日は夕方なので地下鉄で移動できそうだが,台湾からの帰国便は早朝なのでタクシー手配要やな.
普通のタクシーって,シーコンサイズ運べるんやろか?

そういやドミトリーの海外宿って久しぶり.
その昔,パッカーしてた頃の第一選択はドミやったなぁ.
何しろ安かった.

思い出に残るのはボンベイ(ムンバイ)のサルベーションアーミー
確か一泊¥90ぐらいだったはず(35年前の話なのであいまい).
ただし,もれなくカラダに「かゆみ」「赤い斑点」がついてきます.

で,その翌日以降は行き当たりばったり.
飛び込みか「Booking.com」やらで検索.
ざっと確認したところ,大都市を除けばそれほど高くないようだ.

大雨が降ったら停滞したいしな.
昔は気に入った町でよく「沈没」したもんだ(タイのノーン・カイとか).

途中で出会うであろう,他の旅人からの情報も重要.
良いねぇ,そういうの.

お次はお金,つーか「カード」について.

これまたその昔は「トラベラーズ・チェック」なるものがあってだなぁ...って,もはや完全にオワコン.
1年単位の旅だと,日本円で80万円ぐらいの分厚い”ドル”T/Cを持ち歩いてた.
懐かしい.
現金よりレートが少し良いのと,万一紛失しても再発行してもらえる...というのがウリ.
ただし,実際に盗難に遭って再発行を申請した立場からすると...その手続きは超大変で超面倒くさい.

その後の旅ではクレカで現地ATMからのキャッシングが主流になった.
確かに便利であるがトラップも.
たまーに,機械にカードが吸い込まれたまま戻ってこないという事例を見聞きした.
恐ろしい.
日本ならともかく,まずどこに電話して,どのように説明して,さらにはいつ解決するのかわからん.

つーことで,万一に備え複数枚の携帯は必須だった.

こうしたATMやクレカの普及に伴ってT/Cの需要は低下.
日本では2014年に廃止になったらしい.

で,そのクレカだが3枚程度の持参プラス,あらたに旅行用にデビットカードを作ることにした.
手数料が安いのと,万が一無くした(吸い込まれた)場合のダメージの少なさを考慮.
色々調べてみると,デビットならこれが良さそう.

台湾旅行におすすめのクレジットカード3選!手数料や注意点も

早速,申し込んだ.
手数料¥1,200は仕方ないとして,結構本人確認作業が大変だった.
マイナンバー,便利なんか不便なんかよくわからん.

で,最後に現地でのネット接続のための「SIM」について.

もうこっち方面に関してはすっかり情弱.

元々は...空港についたらSIMカード販売店に行って,日数分のモノを購入.
例の針金でほじほじ.
元々入っているSIMを抜いて新しいのを挿し,店の人にスマホを渡してアクティベイトしてもらう...というイメージだった.

だがしかし.
時代は「eSIM」
もはや上記のような物理作業は不要.
アプリをダウンロードして,登録・入金すれば空港到着次第すぐにつながる.
未来や...

KazchariのiPhone11も,もちろん対応!(と最近知った)

trifa

また昔話になるが,ネットがない時代,情報収集は口コミ,もしくは宿に置いてあるノートが頼りだった.

おっと『地球の歩き方』を忘れていた.
バンコクのカオサンや国境付近の宿には,来た国,行く国の『歩き方』が一通りそろっていた.
「地球のダマし方」だの「迷い方」だのと悪口も言われてたが,仕方がない.
情報は生もの.紙の本では限界があるのだ.

昔の『歩き方』は小口や天がド派手な青色で,めちゃめちゃ目立っていた.
道端で読んでいるとすぐに日本人とばれ,インドあたりではカモ目当ての怪しいヤツらの標的となっていた.

通はむしろ『LONELY PLANET』を使ってたな.
英語の勉強にもなったし,読み物として単純に面白かった.

つーことで,頭の中は久々の”自由旅行”で一杯.

YouTubeには,チャリでの「環島」を含む台湾旅行動画が多数アップされている.
そこから情報を得るのもありやけど,見すぎると新鮮味がなくなりそうで怖い.
ほどほどにしないと.

先の話にはなるけど,これは気になる.

四国一周・台湾一周サイクリングを ダブル達成した方へ

さて,お次はフル装備での重量チェックやな.
LCCなのでサイズや重量オーバーにはうるさいはず.

ファットな美瑛ー白い池ライド

2023/12/2 Sat

スノーライドのコツ

OLYMPUS TG-5

晴れ時々曇り.温度:-8 ℃,湿度:87%,体感温度:-12 ℃,風速:7.3 km/時,風向:S

晴れの休日!
久々のおいしいとこライド(クルマ輪行)にて美瑛に行くことにする.

それにしても,今朝はおそらく今季最低気温.
クルマのタイヤの接地感が全くない.
必然的に制限速度以下で走ることになる(みんなそーしてる).

それでも下りカーブがヤバかった(千代ヶ岡のバイパス).
ブレーキ踏んだらタイヤがロック.
ポンピングを繰り返し制御を取り戻す.

案の定,本日はあちこちでスリップ事故だらけだったようだ.
安全第一.

「こういうときは臆病なくらいが丁度いいのよね」

いつも心にカイ・シデン

つーことで,命からがらいつもの美瑛町スポーツセンターへ.
ファットくんを降ろしてセッティング.

ここは第3回びえいスノーサイクルフェスティバルのコース会場でもある.

OLYMPUS TG-5

2024年は1/21に開催.
Kazchariは早々にエントリー!

第2回大会の様子はこちら ⇒ 第2回びえいスノーサイクルフェスティバル~120分耐久レース~

ウェア(アウター)はこいつ.

頭首回り完全防寒対策 秋冬用 防風 防寒 長袖 サイクルジャージ サイクルジャケット 上下セット ゴルフウェア ウィンドブレーカー 登山 フード付 自転車ウェア

さて,本日の目的地は...特に決めていなかった.
なるべく交通量が少ないところを目指して走るつもりだったが,期待していなかった美瑛川沿いのサイクリングロードが通れそうな雰囲気.

OLYMPUS TG-5

ちゃんと除雪されているわけではない.
誰かがスノーモビルで走った跡がある.
そこだけ雪がやや固くなっている.
おおっ,走れる!走れるぞ!

OLYMPUS TG-5

ところどころ柔らかくなっているものの無事走破.
一見楽そうに見えたが,そこはスノーライド.
転がり抵抗が半端ない.
まだ数kmの走行にもかかわらず,すでに汗だくである.
むっちゃ効率のいい運動やな.

OLYMPUS TG-5

橋を渡る.
さすがにここから「青い池」までつながるサイクリングロードは未除雪で通行不可.
これも急に降ったせいやな.
いつもなら浅い雪の上を走れる時期もあるねんけど.

仕方なく交通量多めの幹線道路を走る.
幸いまだ雪の降り始め.
歩道が走りやすい.
そう,冬ライドのコツの1つは,可能であればなるべく歩道を走ること.
歩行者? 田舎だと限りなく無人.

OLYMPUS TG-5

と言っても,このまま交通量の多い道路わきを走るのは面白くない.
並行して走る道道にエスケープ.
歩道はなくなるが,クルマの交通もほぼゼロ.

OLYMPUS TG-5

ひたすらまっすぐな道.
前方には十勝連峰.

OLYMPUS TG-5
OLYMPUS TG-5
OLYMPUS TG-5

幹線道路に戻る.
ここは夏でも狭い道なのでやや緊張.
並木道が美しい.

OLYMPUS TG-5

さっきまで晴れ間が見えていたのに「青い池」に着く頃にはすっかり曇り.
なぜかいつもこのパターン.今日は吹雪かないだけマシだが.

で,駐車場である.
しっかり「湖面見えません」との表記あり.
そのせいか駐車しているクルマの数は少ない.季節も季節やしね.

OLYMPUS TG-5

はい.「白い池」でした.

クルマの台数の割に人の数は多め.
耳をそばだてると「中国語」「韓国語」「タイ語」が聞こえた.

ちょうど目の前の家族連れがスマホで写真を撮っていた.
おそらくタイ人.

「ご家族の写真撮りましょうか?」と声をかけたいところだが,タイ語で何て言うんだっけか?(英語でえーやん)
いずれにせよ,二重グローブだったことに気づき(スマホの画面が押せない),声をかけそびれてしまった.

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いい人戦略失敗である.

OLYMPUS TG-5

本日の目的達成(そうなのか?)
さぁ,戻りますか.

駐車場から道路に出ると,対向車線を登ってくる黒いMTBが.
おおっ,変〇仲間だ.思わず手を振る.

「上ですかぁー!?」と尋ねると「はい」という返事.
お気をつけてー

で,道の駅「ビルケの森」に戻る.
そろそろお昼.
距離の割に異常にカロリー消費が激しいのが冬ライド.腹が減った.

ここの道の駅には高級,いわゆる¥1,000バーガーを販売している.
以前も食べたことがあるが,これに飲み物やポテトを付けると結構な値段.
少し迷ってヤメタ.美味しいけどな.

ファットのところまで戻ると,デーハーなマダムがスマホで我がバイクを撮影中.
「すいません」と後ろを通してもらう.
するとそのマダム,にっこり笑ってファットを指さしながら「Nice!」と一言.うーん,Thank you.

OLYMPUS TG-5

となれば行先は馴染みのあそこですな.

OLYMPUS TG-5

はい.バーチさんです.
お客さんのクルマもないので空いているようだ.

OLYMPUS TG-5

「ハンバーグ(ライス付き)」と食後のコーヒーを注文.
マスターにチャリやオートバイの話,それに「びえいスノーサイクルフェスティバル」の裏話などをお聞きし,1時間ほど楽しい時間を過ごす.
ウェアも暖炉でしっかり乾かした.

OLYMPUS TG-5

さぁ,カロリー補給したし,最短距離の戻るのはもったいない.
今シーズン,何度も通ったあの道へ向かってみる.

OLYMPUS TG-5
OLYMPUS TG-5
OLYMPUS TG-5

えーしっかりと雪が降り積もり既に通行止めでした.
除雪も全く入らなさそう.
快晴ならさぞかし絶景が...徒歩ならワンチャンあり?

仕方がないので,並行して走る道道をチョイス.
下り基調には変わりないので快調にとばす.

気温が上がり,”雪が腐っている”(こういう言い回しがあるそうな)箇所多数.
もう,顔まで泥ハネ地獄.楽しいね.

OLYMPUS TG-5

太陽が出ている時と,雲に隠れている時で風景ががらりと変わる.特に冬はそう.

それにしても「TG」はよく写る.
何が良いって濡れたり衝撃に全く気を使う必要がない.それでいてこの画質.
スマホ同様,こいつも一眼つぶしの一台.

OM SYSTEM/オリンパス Tough TG-7 ブラック

OLYMPUS TG-5
OLYMPUS TG-5

クルマをデポした駐車場に着いたが,先ほど述べた通りカロリー消費が半端ないので小腹が空いた.
みんな大好き”ゴミ箱外置”のセブンまで向かう.

コーヒーとシュークリームでおやつタイム.美味し.

OLYMPUS TG-5

で,無事にスポーツセンターまで帰還.
たった40kmのライドだったがカラダへの負荷は半端ない.
Germin様にも「よくがんばりました」と褒めていただけた.全然踏んでなかったけどな.

OLYMPUS TG-5

これで本日のライドは終了.
既に青い池ではなくなっていたが,たどり着くまでの行程が楽しかった.
これで最後まで青空が見えていれば素晴らしい”撮れ高”になるのだが...

それはまた,次回乞うご期待ということで.
冬ライドシーズンは始まったばかりである.

 

共感しかない~『語学の天才まで1億光年』

2023/12/1 Fri

あの時あの場所で

iPhone11 Pro

高野秀行著『語学の天才まで1億光年』を読んだ.

語学の天才まで1億光年

著者はノンフィクションライター.
早大探検部出身だけあって,ただの旅ではなく誰も行かない国や地域(いわゆる辺境)にて,珍しい経験や調査をすることをテーマとしている.
全著作を読んでいるわけではないものの,いわゆる冒険家や極地探検家とは異なるアプローチで,Kazchariの知的好奇心を満たしてくれる作家さんである.

高野さんは1966年生まれ.
Kazchariと1歳違いである.
しかも1992年から93年にかけ,チェンマイ大学で日本語を教えていたという.
ちょうど,その頃にKazchariもタイを中心に東南アジアをあちこち放浪していた.ひょっとしたらどこかですれ違っていたかも.

高野さんの著作では,なんと言っても『謎の独立国家ソマリランド』が有名.
数多くの賞を受賞してる.

謎の独立国家ソマリランド

いわゆる未承認国家への訪問記.読み応えある大作で面白いことは面白いのだが,国が国だけに単独行とはならず通訳やら護衛兵同行.過去作に比べるとちゃんとしすぎ.つまり高野成分少な目で物足りなかった(すいません).

危険な国への潜入探検モノだと『アヘン王国潜入記』が超好み.

【カラー版】アヘン王国潜入記 (集英社文庫)

いくら国外とは言え,その目的も行動もかなりヤバい.

ちなみに個人的に最高傑作だと思うのが『怪魚ウモッカ格闘記』である.
これ超一流のミステリー小説では?(高野初読者には決しておすすめしません).

【カラー版】怪魚ウモッカ格闘記 インドへの道

さて,今回の『語学の天才まで1億光年』は,そんな世界の辺境を旅するために学んだ数々の言語の習得方法の実録記である.

本書に登場する言語は以下の通り.

フランス語,リンガラ語,ボミタバ語,イタリア語,スペイン語,ポルトガル語,タイ語,ビルマ語,シャン語,中国語,ビルマ語,ワ語

確かにこれだけ話せれば,地球上どこに行っても大丈夫(一部極地言語も混ざっているけど).いや,ロシア語も必要か.

本書はそれぞれの言語を学ぶに至った経緯や,過去の著作の補助ストーリーが追加されている.高野ファンにとっては懐かしくもあり,楽しい構成である.

エピローグに記してあるが,今も筆者の言語学習スタイルは変わっていないそうだ.曰く...

・誰でもいいからネイティブに習う
・使う表現から覚える(目的に特化した学習)
・実際に現地で使ってウケる(現地にいるとき即興で習うことも多々あり)
・目的を果たすと,学習を終え,速やかに忘れる(ひじょうに残念であるが)

まさにそう.

Kazchariが知人に「海外旅行,楽しいでぇ」と言うと「私,英語できないから無理です」という返事が多いが,これは大きな間違い.

確かに共通語としての英語は便利だが,町中に出れば英語が全く通じない国は多い.
いや,町中どころかチリの空港のインフォメーションで「habla ingles?(英語話せますか?)」と尋ねたら,「no!」の一言で逃げられた経験もある.

それに英語が公用語じゃない国で,英語だけで通すとホテルやらガイド,観光客相手の店でしかコミュニケーションがとれない.
これは実にもったいない.

Kazchariも高野さんほどではないが,新しい国を訪れるごとに,なるべくその国のローカル言語を覚えて実践してきた.
と言っても,せいぜい挨拶と数字,「ありがとう」「~はどこですか?」「いくらですか?」程度だが.
少し慣れてくると辞書に載っていないようなスラング,特に卑猥な言葉を教えてもらった.これが若者にウケる(当時はKazchariも若者だった...).

そう,高野さんも書いているけど,語学教室や教科書で習う言葉と,実際に現地の人が使っている言葉はかなり異なる.
日本語もそう.
本書内にて中国人の先生が例文をあげている.

教科書 ⇒ 「大きいものを取ってください」
実際  ⇒ 「ねぇ,あのでっかいやつ,取って」

これが「本当のネイティブの言葉」
確かにその通り.
それに文法や発音が正しいだけでなく,大きさやトーン,スピードも合わせないと決してネイティブ(風)にはならない.ようするに「ノリ」が大事.

どの言語にもこうした要素はあるのだろう.
うーん,基礎はともかく,生きた言葉を習得するには,やっぱり現地にいないとあかんな.

Kazchariの場合,英語を除くとマレー/インドネシア語スペイン語をよく話した,いや使った.
やはりアルファベット表記で発音が簡単な言語は覚えやすい.

タイの滞在期間が長かったので,声調地獄のタイ語もがんばった.
お隣のラオスカンボジア(僧侶限定)で通じた時はうれしかったなぁ.

あれ? かつて2年間,がっつりひたったはずのジャマイカ英語は?
うーん...ついぞ満足いく域に達することはなかった.

事前に本書の指摘に気づき,真面目に取り組んでいたら,もう少し上達し,ジャマイカに溶け込むことができたろうに...すべては後の祭りである.

旅の指さし会話帳53 ジャマイカ(パトワ語・ジャマイカ英語)

高野さんの旅の原点と言えば,早大探検部時代の一大プロジェクトを記録した『幻獣ムベンベを追え』に詳しい.

幻獣ムベンベを追え

今回初めて知ったのだが,高野さんはコンゴ旅行の前に初の海外旅行としてインドに渡っている.
これまた,ほぼ同時期にKazchariもインドを旅している.
つまり見てきたこと,感じたことがかなり近い.
読んでいて共感しかなかった.

最も印象的なのはパスポート盗難事件のくだり.
恥ずかしい話だが,実はKazchariもこの被害にあったことがある.

1993年10月.タイのチェンライにて,同じ宿をシェアした“自称”イタリア人に睡眠薬をもられてパスポート,T/C,現金,航空チケット,カメラ全部やられた.

その後の警察とのやり取りは,もちろん英語.
必死になると自分でも驚くくらい流暢に話せたなぁ...って,どうでもええわ!

バンコクに戻って日本大使館に出向き渡航書を発行してもらい,帰りのチケットも航空会社のカウンターでゴネにゴネて再発行get.

そして飛行機に乗るまでの数日間,何もかも失ったKazchariは,国籍問わずホンマいろんな人に助けられた(助けを求めたせいもあるが).

翌年,その際にお世話になった人々へのお礼および,もし事件に遭わなければ次に行く予定だったミャンマーを訪れたのは,理不尽に旅を中断させられたことへの怒りだったのかもしれん(我ながら負けん気強すぎやろ).

ただ,後年考えるに,あの時パスポートを盗まれ,一年近くに及んでいた旅が強制終了させられたのは幸運だったかもしれん.
もしあのままダラダラ続けていたら,少なくとも今の生活はない.
きっとどこかの国で「沈没」し続けていただろう.
それはそれで楽しい? わからん.それはマルチバースの話.

高野さんの場合,どういう事情だったのかパスポートと航空券は戻ってきたようだが,そんな奇跡が起きることもあんねんなぁ...

つーことで,高野さんには到底かなわないものの,なるべく現地の言葉を話そうとしていたKazchariには実に刺さる本でした.

そして2023年現在.
4カ月後には久々の海外旅行が控えている.
あの頃のように,ちょっと言葉を勉強してみようかなぁ.

語学学習/ 説出好中文 台湾版 ペラペラ中国語

もう(不安もふくめて)楽しみしかない.

ヴェトナム,ダラットの本屋にて 1993年5月撮影

あぁ異国の地よ~過ぎ去りし日々

2023/9/7 Thu

全てが愛おしい

先日,Yahooニュースで面白い記事を読んだ.

いま空港でトラブル続出…日本人の若者の7割がじつは知らない?「パスポートの落とし穴」

この記事の若者(?)を笑えない.
新しいことに関しては誰もが初心者,失敗して成長するのだ.

むしろ,代理店に頼まず自分でやろうと思ったことを評価したい.
その考え方だけで既にチャレンジング.素晴らしい.

新コロ禍が(ほぼ)明け.今夏から海外旅行に出かける人が増えているようだ.
ただし円安が猛威を振るっている.

PBP参戦などの記事を読むと,燃料サーチャージはもとより,現地での飲食代,日用品の値段がえげつない.
赤コーラが¥500とか...

Kazchariが最後に海外(インドネシア)に出かけたのは2019年12月.

2019年のラジャ・アンパットダイビングクルーズ(1)

当時ですら,円の価値は既に怪しかった...

本当に時代は様変わった.
海外旅行って,もっと気軽に行けていた気がする.
では,そんなKazchariは,これまでどこを旅してきたか.

Kazchariが人生初の海外旅行に出かけたのは1989年である.
大学の卒業一人旅.行き先はケニア,インド,ネパールだった.

なぜこのように変則的なのかと言うと,当初は西アフリカのトーゴが目的地(フォスターペアレントの寄付先)だったからだ.
旅行代理店に相談したところ,「旅行初心者に西アフリカは難易度MAX」と諭され,代わりにメジャーな観光地であるケニアを薦められて変更した経緯がある.
今のスキルがあれば,ケニアからトーゴに飛べただろうが,当時はレベル1の雑魚.素直に断念した.

その際,利用した航空会社はエア・インディア.
往路,復路ともムンバイ(旧ボンベイ)でのトランジットが可能だった.

それで,インド(とネパール)を旅することになったのだが...いやもう,噂に違わぬカオスっぷり.それまでの全ての価値観がぶっ壊れた22歳の春だった.

その後,会社勤めをしたが,仕事のあまりのつまらなさに3年も経たずに退職.
大企業だったため,いわゆるブラックではなかったけど.
ひたすら自由が欲しかった.山の向こう,海の向こうの景色が見たかったのだ.

向かったのは盗難...おっと東南アジア.
タイ(バンコク)を皮切りにラオス,カンボジア,ヴェトナム,マレーシア,シンガポール,インドネシアを10ヶ月ほどバックパッカー.

旅の回顧録~1993年のカンボジア(1)

旅の回顧録~1993年のヴェトナム(1)

戻ったタイにて睡眠薬強盗の被害に遭い,パスポートと有り金を全部ヤラれたので旅は強制終了.
そんな26歳,無職の秋.

猛勉強(?)の末,専門学校に合格.
入学前に旅館住み込みバイトで軍資金をため,再びタイの事件現場へ渡航.
その時,お世話になった方々に御礼.
落とし前をつけるため,そこから前回の旅をリスタート.
訪問を予定していた国,ミャンマー(ビルマ)を訪れる.
あそこまでやさしい国民性を他に知らない.

専門学校にておとなしく1年を過ごす.
比較的時間のあるうちにと,進級前の春休みに再びインドへ.
全く予定になかったが,現地思いつきでモルディブを訪問.
ありえない美しさの海にて,初めてスキューバ・ダイビングを経験する.

『南の島の大統領』を観た~モルディブの思い出

残りの専門学生生活を送る.
バイク事故により1年留年する羽目になったが,無事卒業し国家試験合格.
同級生だったヨメさんと結婚し,久々にまともな社会人生活を送る.

3年が経過.
かねてからの野望,青年海外協力隊への参加を模索.
参加要件を満たしたため,選考試験を受ける.
ちょっとした病気に罹患したことにより,見事に不合格.
資格を活かして1年間パート勤務.

2回目の選考試験で無事合格.
ジャマイカに2年間滞在することになった.
そんな35歳の冬.

派遣中は3週間の自主的な海外研修が可能.
近隣&許可された国だったドミニカ共和国,パナマ,コスタリカを訪問.
各国の隊員によるアテンドがディープだった.

無事2年間の任期を終えた...のだが,これまた自費での帰路変更可能.
メキシコ,ベリーズ,グアテマラに立ち寄ってから成田の地を踏んだ37歳の春

これまた資格を活かして職を見つけ,大阪から北海道へ引っ越し.
失業状態から再就職まで3ヶ月ほど時間ができたので,ヨメさんと地球一周の旅に出る.

世界一周堂の3大陸コースを選択.

アメリカ(アラスカ),メキシコ,チリ,アルゼンチン,パラグアイ,ブラジル,スペイン,モロッコ,ポルトガル,エジプト,フィンランドを訪問.
特に幼年期からの憧れ,イースター島が想像以上に素晴らしかった.

旭川に住み,再び定職についてからしばらくはGWおよび秋の連休を利用して渡航する生活が続いた.

その多くはダイビング目的.

パプアニューギニア(マダン,キンベ湾)から始まって,フィリピン(セブ)タイ(コタオ)インドネシア(コモド)パラオメキシコ(ラパス)...

リゾート滞在やクルーズ船での旅である.
国内も沖縄の離島や小笠原にも行ったなぁ.
特に気に入ったのは西表島多良間島だ.

やっかいなのは潜るだけでなく,一番金のかかる水中写真にもはまってしまったこと.

スキューバダイビング,やめよっかな?

他にレンタルバイクによる「ボルネオ島縦断ツーリング」(ツアー)にも参加.
東マレーシア(コタキナバル),ブルネイ,インドネシア(ポンティアナック)を走破.
モニターツアーだったせいか,代金が格安だったのが印象的.
その大盤振る舞いのせいなのかどうなのかわからんが,数年後旅行会社が倒産するというオチ付き.

ボルネオ島縦断ツーリング

モルディブ帰りにスリランカもバイクで走った.

娘が生後4か月の時にはグアム,2歳の時にはタイ(プーケット)に連れて行った.何の記憶も残っていないそうな.

息子ができてからは4人で台湾に行った.
娘はともかく,こちらも1歳に満たなかった息子は何も覚えていない.

そして2020年,新コロ禍の到来.
以降,パスポートのスタンプは増えていない.

こうしてまとめてみると,行きたいと思った場所にはほぼ足を運んでいる.
一度は断念した場合も,なんだかんだで最終的には到達している,なかなかリベンジな人生やな.

辛いこともあったけど,やはり旅以上に楽しいことはないな.

自由が欲しい,社会的地位も欲しい.
内面が見たい,外面も愛でたい.
片方しか知らない人生は送りたくない.
これは19歳でヘルマン・ヘッセの『知と愛』を読んで以降,Kazchariの行動指針となっている.

知と愛(新潮文庫)

何だか全てが終わってしまったかのような書き方だが,まだ見ぬ土地への憧れはあるか?
答えはYESだ.

「若い時旅をせねば老いての物語がない」(とある古典)

見るべき物,経験すべきこと,会うべき人ははまだまだ存在する.

クラッシュ翌日~保険の話

2023/5/2 Tue

こけ損

昔から保険の類が嫌いだった.

うちの両親は昔から「ええか,保険なんて入ったらアカンで」と言い続けていた.
つまり,Kazchari家の家訓でもある.

よって,扶養家族がいるにもかかわらず,民間の生命保険,がん保険には今でも加入していない.
その支払い分を投資にまわした方が,利息がつくという考えだからだ.

それに日本には(現状)高額療養費制度がある.
ゆえにケガや病気の治療に対し過度に心配や準備はしていない.

とは言え,さすがにクルマやオートバイの任意保険には加入している.
こればかりは事故った時のダメージが大きく,何より被害者への賠償責任がデカイ.

もちろん個人の考えはそれぞれ.色々あって良い.

Kazchariも以前は職場がらみの共済傷害保険に加入していた.
口数カウントだったが,かなり高額で年間¥20,000近く払っていた記憶がある(この頃は投資マインドがなかった).

それで助かったのが,以前に記事にした海外旅行時の負傷.

旅の回顧録~2015年のコ・タオ

この時のアキレス腱断裂の治療費は,全てこの共済保険で賄われた.
だが今では解約している.

さて,その代わりというわけではないが,自転車趣味用の保険は毎年更新中.
ブルベ申込時の必須条件だからだ.

一般財団法人全日本交通安全協会

2017年が最初だったかな.
最初は個人向けプラン(年間¥2,690)に加入.
息子が自転車に乗り出した頃に,家族向けプラン(¥4,370)に変更した.

せっかく入っている保険である.
今回の事故を受けて保険が下りるかどうか電話で問い合わせてみた.

EMONDAな初クラッシュライド~わりと重傷

結果...なんと保険対象外とのこと.

ようするに死亡後遺症,もしくは入院が支払い条件らしい.

確かにホームページにはそう書いてあるけど,まさか診断や通院費が丸々対象外だったとは...これは想定外だった.
「コ・タオ」の時に使った共済の保険(傷害保険)だと,たぶん全額保証やったやろな.

あー,そんなもんか...やはり,支払額に見合った保証しかないということやね.まさに資本主義.

とは言え,今後もブルベにも出続けるし,ケガさせた相手への賠償責任1億円は外せないので解約はしないつもり.

いずれにせよ,これで今回の事故の医療費は全額自分持ちが決定.

いや,もう少しあらがってみる.
手持ちのクレジットカードの付帯保険でなんとかならんか?
そういや,Kazchariってゴールドカード保持者やん.

ゴールドカード再び~100万円修行とは

天下の金色やで! 何かは使えるハズ!
早速調べてみよう.

三井住友カード ゴールド(NL)

【旅行傷害保険】

最高2,000万円の旅行傷害保険
海外・国内最高2,000万円の旅行傷害保険が付帯されます

【お買物安心保険】

当該カードでクレジット決済して購入した商品が壊れたり、盗まれたりしたときに安心の保険サービスです。

上記2つはひっかかりそう.
そして今日も平日.電話,電話!

結果...両方とも☓.

まず前者は”旅行”と認められないのと,公共交通機関利用時の事故だけが対象らしい.

後者は適応されそうなものだが,なんとその購入対象に「自転車」は含まれていないらしい!
ぐわー,KazchariのEMONDA,アホみたいな値段やのに~(知ったこっちゃない)

あー,やはりそうか.
保険とはなるたけ使わせないためにあるんやろな.
特にこうした少額保険やら付帯系は.

なんか妙に納得してしまった.
やはり,必要最低限のモノだけ加入し,その資金を投資に回すほうが堅実ということだろう.

あまり期待もしてなかったけど,寂しい話.
寒い時代だと思わんか.

本日はGW-Day4.
外は憎たらしいほどの好天.
どうしてチャリに乗れんのだ.

悔しいけど,気持ちの切り替えが重要...肩が痛ぇ.

スキューバダイビング,やめよっかな?

2022/11/19 Sat

既にここ3年ほど潜っていないわけだが.

OLYMPUS STYLUS XZ-2 / Indonesia Manado

ブログの自己紹介文に「時々ダイビング」と書いてはいるものの,新コロのせいでここ数年全く潜れていない.

現状,2019年12月の「ラジャアンパット・ダイビングクルーズ」で潜ったのが最後.
既に十分すぎるブランクである.

2019年のラジャ・アンパットダイビングクルーズ(1)

さすがにここまで潜らない期間が長くなると,「妖怪モウイイヤ」が頭をもたげつつある.

金はかかるし,機材は重いしオーバーホール必須だし,潜るまでの過程が面倒くさいし,危険だし,自由度低いし,天候・海況に左右されるし,コスパ,タイパ的に超最悪な趣味.それがダイビング.

では,なぜ続けてきたのか?

1) 海が好き

やはり,沈むのでもなく浮かぶのではない(中性浮力),あの非日常感は病みつきになる.
地球上で無重力を体験できるのはスキューバのみ(例外的に飛行機による無重力体験ツアーもあるけど).
水中の魚,甲殻類も,デザイン的に神様の最高傑作だらけ.
カラフルで美しくて危険で...異形.

OLYMPUS E-M1 / M.ZUIKO DIGITAL ED 8mm F1.8 Fisheye PRO / Komodo
OLYMPUS E-M5 / M.ZUIKO DIGITAL ED 60mm F2.8 Macro / Lembeh
OLYMPUS E-M5 / M.ZUIKO DIGITAL ED 8mm F1.8 Fisheye PRO / Indonesia Komodo
OLYMPUS E-M5 / M.ZUIKO DIGITAL ED 60mm F2.8 Macro / Indonesia Lembeh
OLYMPUS E-M5 / M.ZUIKO DIGITAL ED 60mm F2.8 Macro / Lembeh
OLYMPUS E-M5 / M.ZUIKO DIGITAL ED 60mm F2.8 Macro / Lembeh
OLYMPUS E-M5 / M.ZUIKO DIGITAL ED 60mm F2.8 Macro Lembeh

2) 旅が好き

海中だけではない.
南の島のビーチの美しさたるや...
これはモニターでは絶対に伝わらない.
アフターの地上散策やアクティビティも楽しい.
特に島には独特の文化がある.

OLYMPUS E-5 / Zuiko ED 12-60mm F2.8-4.0 SWD / Maldives
OLYMPUS E-5 / Zuiko ED 12-60mm F2.8-4.0 SWD / Maldives
OLYMPUS E-5 / Zuiko ED 12-60mm F2.8-4.0 SWD / Maldives
OLYMPUS E-5 / ZUIKO DIGITAL ED 8mm F3.5 Fisheye / Maldives
OLYMPUS E-M1 Mk-II / M.ZUIKO DIGITAL ED 75mm F1.8 / 波照間島
OLYMPUS TG-5 / 西表島

3) 写真が好き

マクロから広角まで,地上では決して撮れない写真が撮れる.
真っ青もしくは真っ暗な水中が,ライトやストロボで照らされることによって,極彩色の別世界に変わる.これに気づけるのは水中フォトグラファーだけの特権.

一方,人工の光で照らさないと,雑誌で見るような鮮やかな風景を見ることはできない,という矛盾も...

OLYMPUS E-M5 / M.ZUIKO DIGITAL ED 60mm F2.8 Macro / Lembrh
OLYMPUS E-M5 / M.ZUIKO DIGITAL ED 60mm F2.8 Macro / Lembeh
OLYMPUS E-M5 / M.ZUIKO DIGITAL ED 8mm F1.8 Fisheye PRO / Manado
OLYMPUS E-M1 / M.ZUIKO DIGITAL ED 8mm F1.8 Fisheye PRO / Ko Tao
OLYMPUS E-M1 / M.ZUIKO DIGITAL ED 8mm F1.8 Fisheye PRO / Komodo
OLYMPUS E-M1 / M.ZUIKO DIGITAL ED 8mm F1.8 Fisheye PRO / Ko Tao

そんなKazchariがライセンスを取ったのは2003年.

青年海外協力隊員としてジャマイカに赴任中の時である.

援助される国=途上国という印象もあるかもしれないが,中米,特にカリブ諸国は,そこまで経済的に困窮しているわけではない.
なのに莫大な国費を使って援助が行われる理由は...(おっと,誰か来たようだ)

ジャマイカの場合,ボーキサイト,コーヒーなどの輸出資源もあるが,何より観光がメイン産業.

海岸沿いには立派なリゾートホテルが立ち並んでいる.
有名なビーチにオーチョ・リオス,モンテゴベイ,ネグリルなどがある.

アメリカ人にとっての“沖縄”的ポジション.

また,カリブ地域のリゾートホテルは宿泊代に食事代や各種アクティビティ代が全て含まれているオールインクルーシブ・システムが有名.

任期中の隊員は居住者扱いとなり,これらのホテルも格安の現地人価格で利用できた.

このオールインクルーシブにはダイビングも含まれる.
ならばライセンス取って潜らないと損(Cカード取得代は別料金).
結局,滞在中にボートダイビングが可能となるアドバンスまで取得した.

2年間の任期を終え,2004年に帰国した後も,すぐに再就職はせず,ヨメさんと地球一周の旅に出かけた.

ここぞとばかりに,日本から遠くてめったに行けないポイントに潜った.

3ヶ月後に帰国して旭川に移住.
そして翌年のGW,初めて日本,石垣島で潜った.

いやいや,この時はマジで驚いた.

器材セッテイングサポート(お姫様ダイブと言われる)から始まって,懇切丁寧なブリーフィング,もしくは徹底した安全確認など,ゲストを楽しませること,およびリスク管理を含めたサービスが徹底的に行き届いていた”海外”

それと異なり,日本のショップの厳しいこと,厳しいこと.

バディとは名ばかりで,基本的にセルフチェック.
かつ,もたもたしていたら怒られる.

潜航できないゲストがいると,ガイドはその人にかかりきりで,先に潜った人間は船の下で延々と待たされる(だいたい45分ほどで浮上しなければならない).

海からボートに上がるときに,少しでもふらついたら,「何してんの!」と怒鳴られたことは今でもはっきり覚えている.

まぁ,そのショップ(もしくは担当ガイド)が,たまたまヒドかっただけかもしれないが,先に海外でのサービスを知っていると,ものすごく違和感があった.

そう,日本の場合,趣味ですら“道”なのである.

まさに「ダイビング道」

レジャーではなく,極めないといけないらしい(ロードガチ勢も似たようなもんか).真面目な国民性の負の側面やな.

さて,上記のエピソードもあり,長期休暇には国内より海外で潜ることがほとんどになった.

そしてすっかりガチダイバー...というより,ガチ水中フォトグラファーへと進化(いや,壊れた).

OLYMPUS TG-4  超重い

最終段階(フル一眼)一歩手前で留まっていただけマシ,とも言える(いえ,既におかしいです).

そして2020年初頭からの新コロ流行.

海外どころか,国内移動の制限も始まった.

ダイビング雑誌は相次いで休刊.
そらそうだ.記事にならない.

現在,なんだかんだで世界的には新コロは落ち着きつつあり,閉鎖していたリゾート施設も行けるようになりつつあるらしい.

Kazchariが登録しているダイビング系メルマガにも,ちょこちょことツアー情報が入ってくるようになった.

しかし,行かない理由を数えつつある.

1)料金が異常

例えば全ダイバーのあこがれガラパゴス.

https://www.club-azul.com/tour/53448

なんじゃこりゃあ! 空港税,国内移動費,燃料サーチャージ,ボートクルーへのチップ代など諸経費は別途である.

ハイエンドのカーボンロード買えるやん!(←おい)

確かに元々高額なツアーではあるが,ここまでではなかったような...

いやいや驚いた.
完全に富裕層の趣味(元々そういう側面はあったけど).

こ,これは極端すぎるか.

では,近場のフィリピンは?
もし新コロが流行らなかったら,次に考えていたのがここ.

https://www.club-azul.com/tour/55790

うげっ.5DV,夕食なし,器材レンタルなしでこの値段...

で,では国内は?

https://www.club-azul.com/tour/56422

4DVでこれかぁ...以前の2倍以上.

2)目の異常

いえ,病気とかじゃなくて老眼...
ここ数年で一気に進んだ.
もうマクロ写真のピント合わせは無理.

3)カメラ機材

何よりパーツの劣化が心配.
ハウジングやライトのパッキン,大丈夫やろか?
ただでさえ,精密機械にとって過酷な環境での運用.
使い続けていえれば,小さい不具合に気付けるが,3年も放置だと一気に水没しそう.

カメラだけじゃなくてBCやダイコンもヤバイけど.

機材が重すぎる?
では,こいつはどうだ.

最新iPhoneで水中撮影、音楽、通話可能!ダイビングの楽しさが格段に上がる画期的なスマホ用ハウジングとは?

陸上同様,水中写真もiPhoneに侵食されるかもしれんな.

とかなんとか言っているが,今回,ダイビングをネタにするために,昔の写真を検索したけど,やっぱいいね.
なんだかんだで一番好きな被写体は水中の生き物や風景やね.

新コロがさらに落ち着き,料金や飛行機代が落ち着けば,ダイビング趣味も復活するかもしれん.

そういや海外からの帰国時の隔離免除ってワクチン3回だっけ?

ありゃ? Kazchariは2回しか接種してへんわ.
あかんわ.

OLYMPUS E-M5 / M.ZUIKO DIGITAL ED 75mm F1.8 / Lembeh

沢木耕太郎『一号線を北上せよ』を読んだ~そして1993年へ

2022/2/20 Sun

旅に復讐されるかも.

iPhone11 Pro

このブログを初めた頃,旅の回顧録~1993年のカンボジアというテーマの連載(?)をしていた.

これは,1993年の1月から10月にかけて行った東南アジア旅の記録で,当時の日記を元にして書いた.
そのオリジナルは,今はなき「Nifty Serve」のミステリー小説スレッドにアップしていた文章.

当時のカンボジアは長らく続いた内戦が終了し,通常選挙がようやく行われるなどなかなかの混乱具合.
選管ボランティアの日本人青年が殺害されるなどの事件もあった.

国中あちこちに地雷が埋まっており,観光するのも命がけ.
夜間には銃声.
今思うに,よくふらふらと出歩いてたもんだ.

人類史上最大の愚行の一つ「カンボジア大虐殺」に関しては,この映画のアプローチがすごい.

消えた画 クメール・ルージュの真実

こうした世界の負の側面を目の当たりにするなど,20代にああした行きあたりばったりの旅をしたことは,今の人生に大いに役立っていると思う.
この後,結局長年の夢だった協力隊への参加も実現できたしな.

この『1993年のカンボジア』は国境を越えて,ヴェトナムに入国したところで終わっている.

もちろんその後も旅は続いた.

サイゴン(ホーチミン・シティ)から,バスや列車を乗り継いでハノイまで6週間かけて北上.
カンボジアほどのインパクトはなかったけど,これまたエキサイティングな経験だった.

Kazchariが初めて海外に渡ったのはいわゆる卒業旅行.
1989年のケニア-インドーネパール旅だった.
この時の期間は1ヶ月ほど.
全てが新鮮そして強烈だったが,所詮短すぎた.

そして就職.
その会社を辞め,帰国日を決めない無期限旅行を決意させたのは2冊の本がきっかけである.

一冊は蔵前仁一の『ゴーゴー・アジア』.

新ゴーゴー・アジア(上巻)

もちろん,前作の『ゴーゴー・インド』も読了済み.
蔵前の一連の著作のおかげで,世の中にはこんなに楽しい旅の仕方があるのだと知った.

もう一冊は,より人口に膾炙する名著,沢木耕太郎の『深夜特急』である.

深夜特急(1~6)合本版(新潮文庫)【増補新版】

いまさら解説しようがない.
この本のおかげで,何万,何十万の若者が旅立ってしまったことやら...
有名な話だが,第1便,第2便(文庫版では1~4巻)と第3便の間には,6年間の刊行ブランクがある.
東南アジアやらインドが含まれる1,2便の方が旅のネタには事欠かないはずなのだが,Kazchariは第3便のヨーロッパ編が一番おもしろかった.
作者自身の文章力の向上ゆえかな(なぜ上から?).

大沢たかおのTVドラマも話題になった(VHSで保存している).
松嶋菜々子の登場にはズっこけたが.

さて,沢木耕太郎である.
その最大の魅力は,もう沢木節としか言えない独特の格調高い文体にある.
特に,ボクシングというスポーツを,ここまで詩的に昇華させた作家はなかなかいないのでは?

その影響力は凄まじく,一時スポーツライターをやってた”五体不満足”な人も,その文体をマネしていた記憶がある.

沢木の著作はかなりの数を読んでいるが,今回図書館でたまたま手にとったのがこちら.

一号線を北上せよ~ヴェトナム街道編 (講談社文庫)

珍しく未読だった.
文庫版の表紙には「ヴェトナム街道編」と書かれているが,単行本にはそのような表記はない.
「一号線」「北上」と聞いて,すぐに「あっヴェトナムのことだ」とわかるのはパッカーのみであろう.

内容は沢木のプライベートと取材旅行記であるが,ヴェトナムだけでなく,「キャパのパリ」「フォアマンのアメリカ」「檀一雄のポルトガル」「アルペンスキーのアルプス」「酒場のマラガ」(Kazchari命名)も含まれた短編集である.
Kazchariはポルトガルとスペインも訪れたことがあるので,懐かしく,楽しく読ませてもらったが,やはり白眉はヴェトナム編の2本である.

奥付をみると,2000年あたりの旅のようだ.
Kazchariは1993年の訪問だったので,若干のズレがある.

一見して,旅のシステムがかなり整ったようだ.
当時のタイと同程度か.
沢木の旅からさらに20年近く経った今では,どうなっているのやら...
Wifiも当たり前やろうしな.
そういや,ここしばらく,ヴェトナムってかわいい小物だとかグルメやらで,女性にも人気の旅先だった.
新コロが全てを破壊したけど..

ここで思いついた.

『旅の回顧録~1993年のカンボジア』の続き,つまり『1993年のヴェトナム』をリライトしようと.
まぁ,30年近く前の旅行記に何の情報的価値もないが,しょせんブログなんて単なる個人の歴史.
SNSではないので,即時性とか気にするものでもない.

ただし,本書『一号線~』にこんな記述がある.

「旅は繰り返すものではないし,繰り返せるものでもない.それを知りながら旅をなぞろうとすると必ず手痛いしっぺ返しを受ける.旅に復讐される,といってもいい.」

実際に再訪するのでもなく,文章で追憶するのも同様なのだろうか?
当時の日記を読むと,どうしようもなく,あの頃(の自分)に帰りたくなることがある.
でも,同じ瞬間は,もう二度と起こり得ない.
全ては過去.もう取り戻せない.

そう,『ブレードランナー』のレプリカント,ロイの最後のセリフのような心境になる.

一方で,沢木はこうも書く.

「旅先で覚えたその痛切な思いは,決して消え去ることはない.私たちの体のどこかに眠っていて,必要な時に呼び覚まされることになるはずなのだ.」

いいなぁ.その通りだろう.
この文章だけでごはん3杯はいけそう.
『深夜特急』本編と比較すると,『一号線~』は”帰ってきた人向けの本”なのだろう.

とかなんとか色々それっぽいことを言ってますが,これもまた”終活”の一貫として,『旅の回顧録~1993年のヴェトナム』,近日スタート!
全く需要はないだろうけど,それでいいのだ.

以下,余談.

Kazchari家では『水曜どうでしょう』の何度目かの再放送を夕食時に視聴している.
ちょうど今放送中なのが「原付日本列島制覇」という回で,東京から高知までカブで向かうという企画.
2010年の放送なのだが,鎌倉付近を通過する際,大泉がカメラに向かって「いざ!鎌倉!」と吠えるシーンに震えた.
まるで,未来を予言したかのようなセリフ.

ご存知の通り『水どう』は2002年にレギュラー放送を終えるのだが,その最後の旅がカブによるベトナム縦断1800キロなのだ.
正に一号線を北上...ではなくハノイ発で南下する旅やけどな.

またしてもシンクロニシティ発動?

Kazchari的に,今ヴェトナムが熱い!

チョボチナイ越えとペーパンとタイ料理ライド

2021/9/25 Sat

何もかもみな懐かしい.

iPhone11 Pro

Few clouds, 13°C, Feels like 12°C, Humidity 67%, Wind 2m/s from NNW

もう少し早く出るつもりが,10時前になってしまった.
これも全てAmazonのせい.

Amazon タイムセール祭り

しばしカート内保存費やセール品とにらめっこ.
結果,キャンプグッズをいくつか購入(スマホアプリの使用を忘れずに).

先日のOLIGHT事案が後を引いている.
ランタンが頭から離れない(なんでや!)

そこで! かなり怪しい匂いがぷんぷんするが,ここは人身御供覚悟で公式サイト外の「OLantern(大)」を買った.
どうしてこんなに安いのか?(正規品やんなぁ...

OLIGHT Olantern

ランタンスタンドも買ったものの,次のキャンプはいつになるのやら.

さて,今日の目的地は本年3度目となる道道富良野上川線
ロードバイクでの出撃である.
まずは忠別ダムまでまったりと.いい天気だ.

iPhone11 Pro
iPhone11 Pro

ウェアは最近Wiggleで買ったAléのセール品.

Alé – R-EV1 Race 2.0 サイクルジャージ

海外通販はサイズが悩みどころ.
同じ表記でもブランドごとにバラバラ.
Aléのジャージは今回初購入だったが,サイズ表の「XSー胸囲88cm」だけを頼りにチョイス.
着てみると,完全にレースフィット.ピッタピタである.特に問題ない.
同じくAléのビブと合わせると,ワンピースっぽくてかっこよい...と思ってるのはじこまん(ええねん!)

じこまん 1

気のせいか土曜日にしては交通量が多い.
まさか...チョボチナイ狙いか!

iPhone11 Pro

はい.ゲート入口に着きました.
クルマやバイカーが記念撮影の順番待ちをしている.
やはり大人気,絶賛ブーム中.
とりあえず11%を登りますか.

iPhone11 Pro
iPhone11 Pro
iPhone11 Pro
iPhone11 Pro

画角から外しているが,この日は観光客バカ混み.
そやけどクルマでお越しのみなさん,不思議なくらい真面目.
橋の上ではなく,前後の駐車スペースに停め,歩いて橋を渡っている.
良いことだと思うが,謎だ.

風が出てきた.
ペーパンダム,つまり「21世紀の森」側にダウンヒル.
寒い.

iPhone11 Pro

さすがに耐えきれなくなってウインドブレーカーを着る.
ありゃ? こないだパッチで修繕した穴がまた開いている...(T.T)
しかしながら,とりあえず機能は果たしている.暖かい.
もう夏が終わりやねんなぁ.

ちょっとした坂を登って「21世紀の森」着.
緊急事態宣言を受け,全ての施設が閉鎖中とのこと.
まぁ,チャリなので風呂に入れるわけもなし.まぁええか.
ちなみに無料だった「森の湯」.今年から¥100かかります.

iPhone11 Pro
iPhone11 Pro
iPhone11 Pro

上の写真は「愛山米飯林道」の入り口.
10月の紅葉時期に行けるか?

激走!愛山米飯林道ライド

iPhone11 Pro

腹が減った.
コンビニ飯は寂しいし,たまには贅沢するか.
Google先生におすすめのカフェを訊いてみよう.

小さなタイ食堂 トコ

ほぉ~近くにこんな店が.
ここから18km.
まだ昼営業時間に間に合う.行ってみよう! 追い風で激走.助かった.

着いた.
クルマが一台も停まっていない.もしかしてclose?

入口に周ると...スタッフ発見!

「すいません.やってますか?」⇒やってた.

iPhone11 Pro
iPhone11 Pro
iPhone11 Pro 食べて旅するタイプレート ¥1,500
iPhone11 Pro トコのクラフトコーラ ¥650

1993年,会社を辞めたKazchariは,ほぼ1年,東南アジアを放浪していた.
その際,タイは旅のハブ地点となる.
ここで他国への格安航空券やバスチケットを買う.
そして戻ってくる.

バンコク,いやカオサンロードに”帰る”と安心する.
全てがそろっていた.

もうだいぶ変わったんやろな.

厨房からは懐かしい”あの”匂いが漂ってくる.
嗅覚への刺激が記憶をよみがえらせるのはホンマやね.

毎日が自由だった,あの7つの国への旅の思い出が脳裏に展開する.
当時の話をしていると,スタッフの方が申し訳なさげに「すいません.本場の味を知っている人にはちょっと違うかもしれませんけど...」
いやいや,本場モノが美味しいとは限りませんって.
日本人向けにアレンジされた方が好みです.Kazchariは.

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つーことでオススメです.また来よう.

帰り道,毎年紅葉の進捗観察ポイントにしている場所に寄る.
少しずつ秋の気配.

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