旅の回顧録~1993年のヴェトナム(6)

1993/4/11 Sun

気分はもうヴェトコン.

Konica 現場監督

入国後6日経って,ようやく遠出.
パック旅行やったらもう帰国日やな.

今日はクチの観光.

ファング・ラオ通りのレンタル・バイク屋で,世界に誇る名車,スーパーカブをUS$5で借りる(これが相場).
現地でのこのスーパーバイクへの信頼度はめちゃめちゃ高く,クルマの購入よりも現実的な憧れの品である.

そして,サイゴンの町中は何の用かは知らないがカブで渋滞している(+東欧性バスの排気ガスがひどい).

そんなサイゴンを脱出し,60kmほど北上する.
モクバイボーダーから来たときに通った道である.
田植えと,その収穫を一緒にしている風景が広がる.
何毛作?
南国だねぇ.

何度か道を尋ねつつ目的地へ向かう.
会話は英語+ジェスチャーで.
ヴェトナム語で「~はどこですか?」(旅の必須イディオム)を早く覚えねば!
めちゃめちゃ寂れたというか,だからこその田舎にあるクチに到着.

クチはヴェトナム戦争時の激戦地として有名な土地.
ゲリラたちが掘った地下トンネルが縦横無尽に走っている.

Konica 現場監督

他の観光客と資料館で簡単な説明を受ける.
隣には日本語がペラペラの台湾人のマダム達.
「ワタシ,ニホンゴデキルデキル!」と何故か大喜び.

すっかり打ち解けたマダム達と,木立の中の(屋根は最近ふいたらしい)作戦室や調理場を見学.
アメリカ兵に襲われた特の逃走用横穴にはカマドウマがうじゃうじゃいた.

Konica 現場監督
Konica 現場監督

で,いよいよクチのメインイベント,トンネル潜入である.
観光客用に拡げられたという穴に,ドカドカ入る.

いやぁ面白いわ.

中腰のままバタバタとトンネル内を走り回り,写真を撮りまくる.
西洋人だと,これ狭いやろうな.
もちろんふくよかな台湾人マダムは見学.

Konica 現場監督
Konica 現場監督

このトンネル,本来はもっと大規模やったはずやけど埋められてしもたんやろか?
もしくは開放しているのは一部だけなのか.

休憩後,昔のままの入り口(Kazchariサイズでなんとか入れる)に入る.

Konica 現場監督

竹槍が仕込まれた落とし穴(痛いって),塹壕,放置された戦車を見て,15000ドンにしては充実のクチ見学が終了した.

Konica 現場監督

陽気な台湾マダムや,元ヴェトコン兵と写真を撮り,戦争中の記録ビデオを鑑賞.

マダムからは「タイワンニキタラ,アソビニキテ」と住所を書いたメモをいただいた.
(※この数カ月後,大前田(T)さんは実際に訪れ,大歓迎を受けたとのこと)

Konica 現場監督
Konica 現場監督

帰り道,道を尋ねたおじさん達の親切なこと!
ヴェトナムに対する印象がかなり良くなった.

サイゴンに戻った後,チョロン地区へ食事に行く.

Konica 現場監督

少々期待はずれ.
メシもそれほど美味くなかった.
川の汚さが印象に残った.

Konica 現場監督

ああ,メシのせいだけじゃない.何かまずいな.
旅が長くなるとかかるという“何にも感動しない症候群”にかかりつつあるんかなぁ.
せっかく観光らしい観光したのにな.

Konica 現場監督

その前日 ⇒ 旅の回顧録~1993年のヴェトナム(5)

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