『桜庭一樹のシネマ桜吹雪』のせいだ

2021/6/23 Wed

未知なる傑作を求めて

桜庭一樹著『桜庭一樹のシネマ桜吹雪』を読んだ.

桜庭一樹のシネマ桜吹雪

桜庭一樹と言えば,直木賞受賞作『私の男』が有名.
Kazchariも相当以前に読んだ.

私の男 (文春文庫) Kindle版

恐ろしくクセのある内容で読み手を選ぶのは確か.
他には『赤朽葉家の伝説』『荒野』も読了.
やはり『私の男』が一番印象的に残るが,それほど熱心なファンというわけではない.

さて,この『シネマ桜吹雪』はいわゆる映画レビュー本である.
キネマ旬報週刊文春の連載記事をまとめたものらしい.
これがまぁ実にマニアックな映画がチョイスされていて,Kazchariは紹介されている100本のうち,9本しか観たことがない.
全国ロードショーよりも,ミニシアター系芸術作品が多い.
著者も全てを劇場で鑑賞したわけではなく,何本かはDVDのようだ.

やはりプロの小説家だけあり,ブロガーや評論家とは違った切り口のレビューが面白い.
ネタバレも最小限なので鑑賞前に読んでも問題ない(たぶん).

さて,読了後に行ったことと言えば,もちろん「Amazon Prime Video」でサブスク鑑賞できるか否かである.
ざっと検索したところ,1/3ぐらいは見放題対象になっていた.

そこで,まず観たのが...(ここからネタバレ含む

めぐり逢わせのお弁当(字幕版)

Kazchariもええ歳のおっさんなので中年男の悲哀モノに弱い.
その最高峰は映画では言うまでもなく『ニューシネマパラダイス』(初見の時ははまだ若かったが泣けた).

小説ではヘルマン・ヘッセの『知と愛』
自由奔放に生きるゴルトムントが鏡の中の自分を見て,「おっさん」になったことに気づくシーン.泣けます...と調べていたら,なんと2020年に映画化されてたァー! なっ,なんだってー?(もちろん日本未公開・未配信)

それはさておき『めぐり逢わせのお弁当』はインド映画である.
でも,ダンスシーンはありません.
ラブロマンスと言えばラブロマンスだが,最後まで2人の直接的な邂逅はないという変わった映画.
ただ,主人公が一方的にヒロインを見つめるというシーンはある.

弁当の誤配をきっかけに文通(!)を始めた定年間際の会計係サージャンと,夫に関心を持ってもらえなくなった子持ち専業主婦のイラ

妻を亡くして以来「人生つまんねー」と,いつも苦虫をかみつぶした表情だったサージャンだが,人妻との手紙のやり取りや,自分の後任との関係を通じて徐々に表情が和らいでいく.

イラの方は長らく寝たきりだった父親が亡くなったり,夫にも浮気されますます人生に絶望していく.
ある日,意を決したイラは,サージャンへの手紙に「会いたい」と書く.

その誘いを受けてウキウキのサージャン.
約束の日,鏡の前で身だしなみを整える.
いざ出かける段になって,ひげの剃り残しが気になり,再び鏡の前に戻る.
その時,突如怪訝な顔をし,周りを見渡すサージャン.
表情が曇る.

その頃,約束の喫茶店で一人待ち続けるイラ.
いつまで経ってもサージャンは現れない.

後日,サージャンからの手紙を受け取る.
そこには,こう書かれていた(意訳).

家を出る前,ひげを剃る時に何か懐かしい匂いを嗅いだ.
それは祖父と同じ匂いだった.
そうだ,私は年老いた.
それでも君の待つ店に向かった.
君はあまりにも若く美しかった.
そう「古い宝くじは誰も買わない」.
私は君に会えない.

翌日,弁当の配送ルートを辿ってサージャンの会社をつきとめ,彼のデスクに向かうが,既に退職し後任がそこに座っていた.

フィクションとしては消化不良に思えるが,人生晩年のロマンスの描き方として秀逸な作品.
サージャンは老い,イラには小さい子供がいる.
誰もが不幸にならないためには,ここでとどめるのが最適解なのだろう.

一応,飯テロ映画かもしれないが,さすがに本場の家庭インドカリー料理.全くおいしそうに見えない...(文化の差なので仕方がない)

本からの紹介でもう一本.

『ノクターナル・アニマルズ』

ノクターナル・アニマルズ (字幕版)

スリラーなのかサスペンスなのか?

セレブなアートギャラリーオーナーがヒロインだが,誰がどうみても生活に疲れ,すさみ,病んでいる.
そこに20年ほど前に結婚していた元夫(どこそこ成功した作家?)から,ある小説が送られてきたことから物語は始まる.

今の世界と過去の世界,および劇中小説内の世界の三重構造になっている.
若い時のヒロイン像ってCG補正やろな.とりあえずその技術がスゴイ.

さて,この劇中小説,ストーリー的にはよくあるリベンジ物で,特に面白くない.
登場人物をヒロインがそのまま演じているので,観客は「あれ?これって実際の出来事だったのか?」と混乱する(娘の年齢が合わない).
地元不良との交通トラブル後,妻と娘が連れさられるまでが,犯人役俳優の怪演と相まって凄まじい緊張感.ヒリヒリします.
翌日,見つかる妻と娘の遺体.
荒れ地に置かれた真っ赤なソファに横たわる裸体の二人.
おっしゃれー...って,なっなんやこの感じ,確かどこかで...そうや!デビット・リンチや!『ツインピークス』やん!懐かしい.

この映画,有名なアートデザイナーがカントクしているらしく,(ストーリーよりも)ビジュアルにとことんこだわっているらしい.
とりわけ強烈なのは,オープニングのダンス.
醜悪,ここに極まれり(ホメてます)
とてつもないインパクトで「これから一体何がはじまるんやろ~」と期待ワクワク.
結局,その後のストーリーには関係なかったけどな.

さて,期せずしてこの映画も『めぐり逢わせのお弁当』同様,ヒロインがレストランで待ちぼうけをくらう場面で終わる.

ただし,こちらのすれ違いはヒロインの妄想だろう.
「自分のわがままで捨てた20年前の夫ですら,まだ自分を愛しているはず」と思いこみたい気持ちが,架空の再会場面を作らせたと思われる.
過去の自分も間違ってなかった,許されたということを確認するために.
さもなければ,もう生きていけない...

ラスト,ヒロインの苦笑いが気持ぢ悪い.

Kazchari行きつけの映画館は『シネプレックス』なのだが,そのマイページからは鑑賞履歴を閲覧できる.

ここ数年は,見事にアニメかハリウッドのビッグバジェットばかりが並ぶ.
大画面に映えるのはやはりSFやアクション超大作なのは事実.

昔(大阪に住んでいた頃)は,いわゆるミニシアター作品をはじめ,マニアックな作品もたくさん観ていた.
スノビズムではないが,一見地味な芸術系作品にこそ,人生の機微がより深く表現されているように思う.

今回の『シネマ桜吹雪』で紹介された作品の鑑賞を皮切りに,残りの人生ではより深い映画体験ができたら良いな,と思う.

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